おわりに一一人生を2倍楽しく生きる方法
この本を終わるに当たって2012年の総選挙について、正義との関係を示したいと思います。総選挙は「政治的、社会的出来事」ですが、同時に「正しさ」がもっとも強く要求されるものでもあります。「正しさ」から見ると、2012年の選挙はどんな選挙だったと言えるでしょうか?

第一に、2009年の総選挙のときに「増税なき財政再建と高速道路などの無料化、子ども手当、衆議院80人減員」という公約をした民主党が、2012年の総選挙で立候補するのが「正しい」のかということです。衆議院の基本的なことは日本国憲法に定められていて、議員は選挙によって国民の代表として議会を構成することになっています。したがって、議員になろうとする個人も含めて、政党は自らが実施することを選挙で訴えるのは当然です。
現実には「財政再建は増税で行ない、高速道路の無料化も子ども手当も約束どおりには実施せず、民主党だけで提案してほぼ決めることができる定員削減も実施しなかった」ということになったのです。2009年の選挙で私たちがダマされたのは、「優しく親切に聞こえ、お金がもらえるのではないか」とつまらないことを考えたからです。
いわば、2009年の選挙が「不正」に行なわれたということですから、ソクラテスの例に学べば、検察が民主党を告発して詐欺罪のようなもので有罪とし、政権時代に決定したことをすべて無効にし、2009年に民主党から立候補した議員の被選挙権を剥奪し、民主党の解散を命令する、ということがまず行なわれなければなりません。それに続いて民主党の解散と議員の辞職、立候補の断念を表明するということになるでしょう。代議員制の民主主義では「選挙が正常に誠実に行なわれる」というのが前提中の前提で、もし選挙が「不正」に行なわれたら民主主義が実施されないことになるからです。
しかし、現実の社会では「枝葉末端の犯罪は取り締まることができるが巨悪は逃げる」という一定の法則があり、選挙期間中にわずかでもお金を分配したりすると逮捕されますが、選挙のときにウソをついて当選しても罪に問われません。公約でウソをつき、政権を取ったあとにしたい放題をしても逮捕されないのは、特に奇妙でもなく、普通の社会現象とも言えます。
でも、「正しい」ということに対して社会が特別に敏感なら2012年の選挙で民主党の議員が立候補すること自体に、社会からかなりの反撃があったと思います。が、そこまではいきませんでした。
結果として、民主党は大敗しました。しかしこれも「空気」だったかもしれないのです。10年ぐらい国会を休止し、霞ヶ関の活動をやめたほうが日本は良い国になりそうですが、残念ながらそういうわけにもいきません。
政治に依存せず、ヨーロッパ流ではない「正しさ」を見つけ、守っていくしかない―――私はこのように思っています。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より