歴史はしばしば、「正しい」とは何かということを考えさせてくれます。
私たちがいま、「正しい」と信じて疑わないことも、時代によっては間違いだったりします。
例えば、人を殺すこと。誰に聞いたって、いまなら「No!」と言うでしょう。でもこれが、戦時下だったら? 戦国時代だったら?
敵方を殺すのであれば、それは賞賛こそされ、非難なんてされません。むしろ、殺す人数が少ない人のほうが責められました。
道元禅師という鎌倉時代のお坊さんは、こんなふうに言っています。

〈善悪は時なり。時は善悪にあらず〉(『正法眼蔵』岩波文庫)

簡単に言うと、善悪というものは、時によって変化するということです。原始時代には原始時代の正しさがあり、封建時代には封建時代の正しさがありました。
これは、ヨーロッパでもそうです。
例えば、イギリスの哲学者トマス・ホッブズが書いた『リヴァイアサン』(1651年) という本には、ばか息子が王になったときにどうするのか、ということが真剣に語られております。
江戸時代の将軍さまがそうですが、封建時代というのは、どんなに能力が劣っても血統で王にするのだということが決まっている時代です。江戸幕府の5代将軍徳川綱吉は、「犬猫を大切にせよ!」と生類憐れみの令というお触れを出しますが、それを守らずに生き物をいじめると、それだけで牢屋にぶち込まれるということが起きました。封建制度ですから、将軍の言っていることが「正しい」ということになるわけです。

愚かな王によって国が滅びるのは困りますから、日本でもその後、老中による合議制というシステムヘと変わっていきます。
封建制度のあと、西欧諸国は、のきなみ帝国主義へとひた走っていきます。日本も明治維新以降、帝国主義の仲間入りをします。国の版図を広げることが、絶対的な「正しさ」でした。
そしてその流れはそのまま、第一次、第二次の2つの大戦へとつながっていきます。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より