それではなぜ、「電気」だけがこの日本で特殊なのでしょうか?
江戸幕府が260年の歴史の幕を閉じ、明治政府になると、日本も電気を使うようになります。もちろん電気は普通の工業製品と同じように工場で作り出すも のですから自動車会社や電気製品の会社のように自由に電力会社を作ることができました。昭和の初めには、電力会社は720社まで増えて、国民はどこからでも安い電気を買うことができました。例えば玄関の電灯はA電力、居間のコンセントはB電力というウルトラCも可能だったのです。
ところが次第に戦争ムードになり、第二次世界大戦の直前には、戦争のために電力を統制しなければならなくなり、日本の電力会社を9電力に統合しました。現在では沖縄電力ができましたので10電力ですが、いずれにしても「地域独占」という体制は「戦時体制」だったのです。
ところが、いったん電力を戦時体制にすると、思わぬ「うまみ」があることがわかりました。多くの電力会社が競争していますと、コストもギリギリで経営されるので、到底「余計なお金」は出せません。しかし地域独占になり、かつ「かかった費用はコストとして認める」という「総原価方式」という奇妙な方法を政府が決めて、さらに電力会社に有利になりました。
普通の商売で儲けようとすると、どのようにして「かかる費用=コスト」を下げようかと苦心するものです。仕入れの値段を交渉したり、従業員を減らしたりして必死にコストダウンを工夫します。でも「総原価方式」という のは世にも珍しい方法で、「努力しなくてもよい。かかった経費はコストとしてすべて計算に入れ、その上に“適正利益”を上乗せして、電気代にする」というものですから驚きです。
例えば、発電費用が1000億円とします。でも、「出張という名目で中国に旅行したい 」「発電機を値切って買うと付け届けがなくなるから、値切らない」などとして、実際は1100億円の経費がかかったとします。その場合でも1100億円を元にして、それを「総原価」として、それに適正利益100億円を上乗せし、1200億円を電気代として庶民から徴収するというのです。これでは「経営者」は必要もありませんし、電気代が上がっていくのは当然です。
かくして、本来はアメリカの電気代より安くなるはずの日本の電気代が、アメリカの2倍になったのです。
このような状態を長く続ける(不当な利益を得続ける )ために、電力会社は、正常な努力ではなく「アウトロー的方法」を取りました。工作資金を出したのです。その範囲は、政治資金、御用学者への研究費、官僚の天下り先の設立と世話、関係者の子弟の就職の引き受け、マスコミとの懇談や一緒に行く外国旅行、発電所へ視察に来た要人の接待、テレビ・新聞などへの宣伝広告などです。福島原発事故で露見したものだけでも、これだけあります。

①  震災当時、東電会長がマスコミ幹部を同行して中国旅行に行っていた。そのことを記者会見で質問した独立系の記者に対して、大新聞の記者が「そんなこと質問するな!」と怒鳴る。
② NHKと民間が共同出資している「公共広告機構」の理事長に東電社長が就任している。理事長は「もっとも広告宣伝費の多い会社の代表がなる」と決まっていたと言われている。
③ 事故直後からテレビの記者会見で「直ちに健康に影響はない」と説明していた原子力安全・保安院(東電の関係者ではない。公民の公僕)の子弟が電力会社に勤務していた。
④ 名古屋市長と民主党の首脳が、かつて柏崎原発に視察に行ったとき、超豪華な夕食が用意され、その費用を誰が持つかについて争いがあった(電力会社は払うと言って聞かなかったが、議員が押し切って払った)。

こうした「工作費」がどの程度、支払われているかは明確ではありませんが、ちまたでは約1000億円と言われています。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より