核使用を防ぐために必要なこと

本稿は令和4年8月3日DHCテレビで放映された、虎ノ門ニュースの中で、江崎道雄先生により紹介された、外務省による「外交」No73に掲載された論文です。

【DHC】2022/8/3(水) 大高未貴×江崎道朗×居島一平【虎ノ門ニュース】

虎ノ門ニュースは、本来のマスコミの在り方を追求する現在日本で唯一、事実に近い報道を目指してる報道機関ですが、アーカイブは、2週間程度で御蔵入りされますので、きょうみのある方は、本編をご確認ください。
外務省は、GHQの影響を受けた人物により、ずいぶんと「半日」的な工作を行ってきたようですが、安倍氏の登場以降、徐々に日本の国益を優先する外交の道をたどり始めたようです。

ここで、問題となるのは、グローバリズムです。グローバリズムの本質は、利益追求、であり、そのための垣根をすべて取り払え、というのが大雑把な見方です。ただし、この利益追求は、特定の集団だけが利得を受けるために、現在多くの問題が噴出しています。
LGBT、SDGs、環境問題、エネルギー政策などなど、実にきめ細かくあらゆる分野で、あたかもそれに抗することは、悪のような状況を作りつつあります。ぜひ、本ブログの読者様に置かれましては、何が真実なのかを見極めていただきたいと思っています。
前置きが長くなりましたが、本稿をいかに転載します。

外交

ロシア政府がしばしば言及する核兵器使用の可能性。

世界は、核抑止が本当に機能するかの瀬戸際にある。核の抑止/使用をめぐる基本的な考え方を整理しつつ、究極的には指導者の「決断」にかかる状況下で、米ロはどのような行動が求められるかを考察する

防衛研究所
防衛政策研究室長
高橋杉雄
たかはし すぎお 一九九七年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。ジョージ・ワシントン大学政治学修士課程修了。
専門は国際安全保障論、日米関係論。共著に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』『「核の忘却」の終わり』など。

 二〇二二年二月二四日に始まったロシア・ウクライナ戦争は、核兵器使用の可能性が常に意識される戦争でもある。
事実、開戦以来ロシアが何度か核恫喝を行っており、現在は、冷戦終結後、最も核使用のリスクが高まっている状況といえる。
 ただし、「核の影」が投影されるなかでの中国やロシアとの紛争は、この数年間、核戦略の専門家コミュニティの重要論点であり続けていた。本稿では、そこで行われてきた議論を踏まえながら、この戦争において核兵器の使用を抑止するために何が必要かを考察していく。

■戦略核レベルの安定と地域レベルの不安定■

 言うまでもないことだが、米国とロシアは世界の二大核大国である。新START(戦略核兵器削減条約)に基づき、米ロが現在配備できる弾頭数の上限は一五五〇発である。この条約は、「保有」している弾頭ではなく、「配備」している弾頭の数を規制している。つまり両国は、すぐに撃つことのできる核弾頭を一五五〇発配備していることになる。ただ、攻撃まで時間がかかる戦略爆撃機も「一機=一発」の換算で規制対象になっているので、実際にはすぐに発射できる核弾頭の数はこれよりも少なくなるが、それでも一四〇〇発強の弾頭を米ロ両国はすぐに発射できる計算になる。
 これは、核戦略の基本的な考え方からすると、「安定・不安定の逆説」に伴う地域レベルでの不安定性が発生しやすい状況でもある。「安定・不安定の逆説」とは、戦略核レベルの相互抑止による安定が、逆説的に地域レベルの安全保障環境を不安定化させる状況を指す。戦略核レベルで相互抑止の状況が成立すると、双方ともそのレベルまでの紛争のエスカレーションを恐れて、ある段階で行動を自制し、状況のコントロールを図ることが予測できる。しかしながら、低いレベルの紛争においても、相手側が同様に抑制的に対応すると一方が考えてしまう可能性がある。そうなると、そう考えた国が低いレベルでの現状打破的な行動を取る可能性が高まり、地域的な安全保障環境が不安定化してしまうリスクがある。
 特に、一方が強い利害関心を有し(ハイステーク)、もう片方がそれほど強い利害関心を有していない(ローステーク)場合に「安定・不安定の逆説」は増幅されやすい。ハイステークの側は、戦略核レベルへのエスカレーションをある程度受容しても地域レベルでの緊張を高めてもいいと考える一方で、ローステークの側は、エスカレーションのリスクについての受容限度が低くなるからである。
 これを今回のロシア・ウクライナ戦争に当てはめてみよう。ウクライナは旧ソ連を構成していた共和国であり、自らの「勢力圏」に編入することについてロシアは極めて高い利害関心、すなわちハイステークを有している。一方でアメリカから見ると、北大西洋条約機構(NATO)加盟国ではないウクライナの防衛は、NATO諸国の防衛に比べれば利害関心が低くなるローステークの状況にある。もともと米ロの相互核抑止のために「安定・不安定の逆説」が発生しやすかったことに加え、利害関心の非対称性があるから、それが増幅されやすい状況だった。その意味で、この戦争は、「安定・不安定の逆説」の典型例ということができる。

■核兵器の限定的使用をめぐる議論■

 核戦略の専門家コミュニティは、「ドクター・ストレンジラブ・コミュニティ」と呼ばれることがある。「ドクター・ストレンジラブ」とは、核戦争の恐怖をブラックコメディとして描いたスタンリー・キューブリック監督の名作映画「博士の異常な愛情」に登場するマッドサイエンティストである。この呼び名は、そのモデルの一人が、『熱核戦争論』を著し、核戦略の草創期に大きな役割を果たしたハーマン・カーンであると言われていることにちなんだものである。
この「ドクター・ストレンジラブ・コミュニティ」の中では、二〇一〇年頃から、核抑止の議論が深められてきた。その原動力は当初は北朝鮮の核問題や中国の軍事力の近代化だったが、特に二〇一四年のロシアのクリミア併合以降、ロシアに対する核抑止をめぐる議論がかなり切迫した危機感を持って展開されてきた。その中心となっているのが米国のローレンス・リバモア研究所のグローバル戦略研究センターである。同センターは抑止をめぐる問題について、筆者を含めた日米欧の専門家を集めたワークショップを頻繁に行ってきた。例えば新型コロナウイルス流行前の一九年一一月には「核を持った敵対国との通常戦争に勝利する」というテーマでのワークショップが開催され、中国やロシアが侵略行為を行った場合の対応の在り方についての議論が行われた(議論の概要はhttps://cgsr.llnl.govcontent/assets/docs/Winning-Conventional-Regional-Wars-Summary.pdf から読むことができる)。二〇二一年にも、「マルチドメインで戦われる地域紛争のディエスカレーションと戦争終結」というテーマでワークショップが開催され、やはり中国やロシアとの戦争について、戦争終結の方法にまで視野を広げて議論している(議論の概要はhttps://cgsr.llnl.gov/content/assets/docs/DEWT_Workshop_Summary.pdf から読むことができる)。
 筆者はこの二つのワークショップのいずれにも参加しているが、ロシアのウクライナ侵攻シナリオを含め、中国とロシアとの関係において、抑止が失敗して紛争が生起した場合にどう対応するかについて、極めて具体的な議論が行われてきた。つまり、「ドクター・ストレンジラブ・コミュニティ」にとっては、ロシア・ウクライナ戦争は、いかなる意味においても予想外の出来事ではなく、驚きはない。
 これらの議論を通じて、特に重要な論点は、ロシアや中国が核兵器を使用した場合に、どう対応すべきかであった。
ここでは関連する論点をまとめておきたい。
 まず一つは、相手側が核兵器を使用したからといって、報復のために核兵器を使用することそれ自体が自己目的化することはないことである。例えば、ロシアのエスカレーション抑止をめぐる議論の中で、無人地帯で核兵器を爆発させて威嚇するオプションがあるとされている。しかし、仮にロシアがそのオプションを選択したとしても、米国も同じく無人地帯で核兵器を爆発させることに意味があるとは思えない。ロシアの核兵器使用に対する対応であっても、米国が核兵器を使用する場合にはそれが何らかの具体的な政治・戦略的な効果をもたらすものであることが前提となる。
 第二の論点は、核兵器の報復的使用が自己目的化することはないとしても、同時に、「核兵器を使用して侵略を成功させた」という前例は絶対に作れないことである。核兵器を使用した場合でも核兵器で報復されない先例ができてしまうと、その後の抑止力が大きく低下する可能性がある。
今回のケースで言えば、ロシアがウクライナ侵攻で核兵器を使用し、侵攻を成功させるようなことが起これば、その後、北朝鮮に対する核抑止の信頼性が著しく低下することとなろう。そう考えると、ロシアが何らかの形で核兵器を使った場合には、米国は政治的・軍事的効果が大きい形で核兵器を使用することを検討することとなろう。
 第三の論点は、政治的・軍事的効果が大きい核兵器の使用とはいかなる形を取るかである。軍事的効果として考えられるのは、第二波の核攻撃を阻止することである。最初の核攻撃に続いて核攻撃が行われる可能性があれば、米国は核兵器を使用してでもそれを阻止しようとするだろう。
政治的効果として考えられるのは、「核兵器を使用することで戦争を終結させる」ことである。そのためには、明確な戦争目的を設定した上で、それに合致した形で核兵器を使用する必要がある。
 政治的効果の文脈でもう一つ考えられるのが、核抑止の信頼性の再構築である。核兵器が既に使われたということは、抑止が失敗したということでもある。だとすれば、核抑止の信頼性を再構築しなければならない。核兵器の使用に対して核兵器で有効な反撃を行うことができれば、核抑止の信頼性を逆に強化できる。逆にそれができなければ、核抑止の信頼性は回復不可能なまでに損なわれる可能性がある。その意味で、核抑止を再構築するための核兵器の報復的使用は、その後の世界を安定させるために非常に重要な意味を持つ。
 これはあくまで、ロシアや中国が先に核兵器を使った場合の米国の判断をめぐる論点の整理に過ぎない。仮に米国が核兵器で反撃する判断をしたとしても、具体的なターゲットは状況による。また、ロシアの非戦略核兵器が、射程や爆発威力の点で、いわゆる戦術核として戦場で使用するのに適した形で設計されているのに対し、米国の非戦略核兵器は必ずしもそうなっていないと考えられており、具体的なオプションの有効性は実際には限定される恐れがある。

■この戦争で核兵器の使用は抑止できるか■

 核戦略の専門家の間でよく言われる言葉に、「何らかの条件が設定されていて、その条件が満たされれば核兵器が使用される、あるいは条件が満たされなければ核兵器は使用されない、と考えるのはアマチュアである」というものがある。ではどのように核兵器の使用は決定されるのか。それは最高指導者自身の主観に基づく判断による。これはアメリカだけでなく、ロシアや中国においても同じである。つまり、ロシアの核兵器の使用はプーチン大統領という個人が下す判断によって決まるということになる。
 現在展開中のロシア・ウクライナ戦争において、ロシアが核兵器を使うかどうかは重大な論点である。ただし、ロシアの核兵器使用の可能性について外から論評することを筆者は好まない。核兵器の使用は、何らかの状況下で、ウラジーミル・プーチンという一人の人間の能力や人格、あるいは責任感のすべてが問われるなかで行われる決断であり、その前提となる内外の情勢をプーチン大統領がどう判断しているか、外から正確に推し量るのは不可能だからである。
 ただその中でも言えることは、プーチン大統領が核兵器の使用を決断するとすれば、それは「戦争に勝つため」であろうことである。その判断の中で、ロシアが核兵器を使用した場合に米国がどう反応するかというのは非常に重要な材料になるだろう。もし、ロシアが核兵器を使用した場合に、米国が核兵器の使用を伴う全面軍事介入を行う公算が大きいと判断したら、核兵器の使用は自制される可能性が高くなる。一方、米国の介入の可能性はないと判断され、かつ政治・軍事的効果が大きいと評価された場合には、核兵器の使用に踏み切る可能性はあるだろう。
 ではそれを防ぐために米国は何をすべきか。この点で、「米国は強いメッセージを送るべき」あるいは「バイデン政権のメッセージは弱すぎるのではないか」と言われることがあるが、それは問題の一面に過ぎない。ロシアの核使用を抑止する上では、公の場で米国が何を言うかは本質ではない。核使用を阻止するための米国のメッセージは、メディアを介する公の場ではなく、ロシアに対して直接伝えるべきものだからだ。実際、湾岸戦争の際に米国は、イラクが化学兵器を使用した場合には核兵器を使用すると通告しているが、それは公の場での声明という形ではなく、イラク政府に対する直接伝達の形で行われた。
 実際に戦争が展開している現在においてさらに重要なのは、外交的なレトリックではなく、実際の態勢である。オバマ政権期に廃棄された核搭載トマホークが残っていれば、それを再配備することで過度に挑発的でない形で抑止力を強化できたであろうが、今は存在しない。そうなると、核装備巡航ミサイルを搭載可能なB52を頻繁にロシア近くの上空で哨戒飛行をさせたり、欧州に前方配備されているB61航空機搭載型核弾頭を核搭載可能な両用任務機(DCA)に実際に搭載して哨戒飛行を行うことなどを通じて、米国は常に核兵器を使用することが可能な態勢にあることをロシアに認識させることが必要になる。

■米ロの「特別な責任」■

 抑止の成功とは、「何も起こらない」ことである。そのため、抑止とは証明不可能命題でもある。「起こらなかった」ことの理由が何なのか、実証的に証明することはできないからである。また、核抑止論とは逆説に満ちた論理体系でもある。核兵器の使用を準備すればするほど、相手に対する威嚇の効果が高まり、実際に使用しなければならない可能性は低くなる。
 ロシアがこの戦争で核兵器を使用するかどうか、それは現時点ではわからない。核兵器が「一〇〇%使用される状況」は存在しないし、「使用の可能性が〇%」となる状況も存在しない。それは判断力、人格、責任感といった、ウラジーミル・プーチンという個人の文字通り「人間としてのすべて」が問われる状況での判断となる。そして米国の反応もまた、究極的にはジョー・バイデンという個人の文字通り「人間としてのすべて」が問われる状況での判断によって決まる。米国とソ連あるいはロシアは、長い間「人類を滅ぼさない」責任を分かち合ってきた。冷戦が終わり、核軍縮が進んだいまでも、米ロは世界を滅ぼす力を持っている。その意味で、プーチン大統領とバイデン大統領は、全人類の中で二人だけが持つ特別な責任を分かち合っている。
 それがどのような状況であれ、核兵器の使用は、宿命論的に決定されるものではない。それはあくまで人間の判断として行われるものであり、そうであるからには人間の判断によって防ぐこともできる。繰り返しになるが、プーチン大統領が核兵器の使用を真剣に考えたとき、それを思いとどまる最大の理由は米国の反応であろう。だとすれば、米国のバイデン大統領は、「今できること」をすべて行うべきであろう。それは、前述したように米国の核戦力を誇示するような、事態を一見エスカレートさせるような行動を伴うかもしれない。あるいは、彼が副大統領として支えてきたオバマ政権時代の政策とは全く異なることをしなければならないかもしれない。仮にそうだとしても、核兵器の使用を阻止することができるならば、それを行う価値がある。
核使用を防ぐために必要なこと

本稿は令和4年8月3日DHCテレビで放映された、虎ノ門ニュースの中で、江崎道雄先生により紹介された、外務省による「外交」No73に掲載された論文です。

【DHC】2022/8/3(水) 大高未貴×江崎道朗×居島一平【虎ノ門ニュース】

虎ノ門ニュースは、本来のマスコミの在り方を追求する現在日本で唯一、事実に近い報道を目指してる報道機関ですが、アーカイブは、2週間程度で御蔵入りされますので、きょうみのある方は、本編をご確認ください。
外務省は、GHQの影響を受けた人物により、ずいぶんと「半日」的な工作を行ってきたようですが、安倍氏の登場以降、徐々に日本の国益を優先する外交の道をたどり始めたようです。

ここで、問題となるのは、グローバリズムです。グローバリズムの本質は、利益追求、であり、そのための垣根をすべて取り払え、というのが大雑把な見方です。ただし、この利益追求は、特定の集団だけが利得を受けるために、現在多くの問題が噴出しています。
LGBT、SDGs、環境問題、エネルギー政策などなど、実にきめ細かくあらゆる分野で、あたかもそれに抗することは、悪のような状況を作りつつあります。ぜひ、本ブログの読者様に置かれましては、何が真実なのかを見極めていただきたいと思っています。
前置きが長くなりましたが、本稿をいかに転載します。

ロシア政府がしばしば言及する核兵器使用の可能性。

世界は、核抑止が本当に機能するかの瀬戸際にある。核の抑止/使用をめぐる基本的な考え方を整理しつつ、究極的には指導者の「決断」にかかる状況下で、米ロはどのような行動が求められるかを考察する

防衛研究所
防衛政策研究室長
高橋杉雄
たかはし すぎお 一九九七年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。ジョージ・ワシントン大学政治学修士課程修了。
専門は国際安全保障論、日米関係論。共著に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』『「核の忘却」の終わり』など。

 二〇二二年二月二四日に始まったロシア・ウクライナ戦争は、核兵器使用の可能性が常に意識される戦争でもある。
事実、開戦以来ロシアが何度か核恫喝を行っており、現在は、冷戦終結後、最も核使用のリスクが高まっている状況といえる。
 ただし、「核の影」が投影されるなかでの中国やロシアとの紛争は、この数年間、核戦略の専門家コミュニティの重要論点であり続けていた。本稿では、そこで行われてきた議論を踏まえながら、この戦争において核兵器の使用を抑止するために何が必要かを考察していく。

■戦略核レベルの安定と地域レベルの不安定■

 言うまでもないことだが、米国とロシアは世界の二大核大国である。新START(戦略核兵器削減条約)に基づき、米ロが現在配備できる弾頭数の上限は一五五〇発である。この条約は、「保有」している弾頭ではなく、「配備」している弾頭の数を規制している。つまり両国は、すぐに撃つことのできる核弾頭を一五五〇発配備していることになる。ただ、攻撃まで時間がかかる戦略爆撃機も「一機=一発」の換算で規制対象になっているので、実際にはすぐに発射できる核弾頭の数はこれよりも少なくなるが、それでも一四〇〇発強の弾頭を米ロ両国はすぐに発射できる計算になる。
 これは、核戦略の基本的な考え方からすると、「安定・不安定の逆説」に伴う地域レベルでの不安定性が発生しやすい状況でもある。「安定・不安定の逆説」とは、戦略核レベルの相互抑止による安定が、逆説的に地域レベルの安全保障環境を不安定化させる状況を指す。戦略核レベルで相互抑止の状況が成立すると、双方ともそのレベルまでの紛争のエスカレーションを恐れて、ある段階で行動を自制し、状況のコントロールを図ることが予測できる。しかしながら、低いレベルの紛争においても、相手側が同様に抑制的に対応すると一方が考えてしまう可能性がある。そうなると、そう考えた国が低いレベルでの現状打破的な行動を取る可能性が高まり、地域的な安全保障環境が不安定化してしまうリスクがある。
 特に、一方が強い利害関心を有し(ハイステーク)、もう片方がそれほど強い利害関心を有していない(ローステーク)場合に「安定・不安定の逆説」は増幅されやすい。ハイステークの側は、戦略核レベルへのエスカレーションをある程度受容しても地域レベルでの緊張を高めてもいいと考える一方で、ローステークの側は、エスカレーションのリスクについての受容限度が低くなるからである。
 これを今回のロシア・ウクライナ戦争に当てはめてみよう。ウクライナは旧ソ連を構成していた共和国であり、自らの「勢力圏」に編入することについてロシアは極めて高い利害関心、すなわちハイステークを有している。一方でアメリカから見ると、北大西洋条約機構(NATO)加盟国ではないウクライナの防衛は、NATO諸国の防衛に比べれば利害関心が低くなるローステークの状況にある。もともと米ロの相互核抑止のために「安定・不安定の逆説」が発生しやすかったことに加え、利害関心の非対称性があるから、それが増幅されやすい状況だった。その意味で、この戦争は、「安定・不安定の逆説」の典型例ということができる。

■核兵器の限定的使用をめぐる議論■

 核戦略の専門家コミュニティは、「ドクター・ストレンジラブ・コミュニティ」と呼ばれることがある。「ドクター・ストレンジラブ」とは、核戦争の恐怖をブラックコメディとして描いたスタンリー・キューブリック監督の名作映画「博士の異常な愛情」に登場するマッドサイエンティストである。この呼び名は、そのモデルの一人が、『熱核戦争論』を著し、核戦略の草創期に大きな役割を果たしたハーマン・カーンであると言われていることにちなんだものである。
この「ドクター・ストレンジラブ・コミュニティ」の中では、二〇一〇年頃から、核抑止の議論が深められてきた。その原動力は当初は北朝鮮の核問題や中国の軍事力の近代化だったが、特に二〇一四年のロシアのクリミア併合以降、ロシアに対する核抑止をめぐる議論がかなり切迫した危機感を持って展開されてきた。その中心となっているのが米国のローレンス・リバモア研究所のグローバル戦略研究センターである。同センターは抑止をめぐる問題について、筆者を含めた日米欧の専門家を集めたワークショップを頻繁に行ってきた。例えば新型コロナウイルス流行前の一九年一一月には「核を持った敵対国との通常戦争に勝利する」というテーマでのワークショップが開催され、中国やロシアが侵略行為を行った場合の対応の在り方についての議論が行われた(議論の概要はhttps://cgsr.llnl.govcontent/assets/docs/Winning-Conventional-Regional-Wars-Summary.pdf から読むことができる)。二〇二一年にも、「マルチドメインで戦われる地域紛争のディエスカレーションと戦争終結」というテーマでワークショップが開催され、やはり中国やロシアとの戦争について、戦争終結の方法にまで視野を広げて議論している(議論の概要はhttps://cgsr.llnl.gov/content/assets/docs/DEWT_Workshop_Summary.pdf から読むことができる)。
 筆者はこの二つのワークショップのいずれにも参加しているが、ロシアのウクライナ侵攻シナリオを含め、中国とロシアとの関係において、抑止が失敗して紛争が生起した場合にどう対応するかについて、極めて具体的な議論が行われてきた。つまり、「ドクター・ストレンジラブ・コミュニティ」にとっては、ロシア・ウクライナ戦争は、いかなる意味においても予想外の出来事ではなく、驚きはない。
 これらの議論を通じて、特に重要な論点は、ロシアや中国が核兵器を使用した場合に、どう対応すべきかであった。
ここでは関連する論点をまとめておきたい。
 まず一つは、相手側が核兵器を使用したからといって、報復のために核兵器を使用することそれ自体が自己目的化することはないことである。例えば、ロシアのエスカレーション抑止をめぐる議論の中で、無人地帯で核兵器を爆発させて威嚇するオプションがあるとされている。しかし、仮にロシアがそのオプションを選択したとしても、米国も同じく無人地帯で核兵器を爆発させることに意味があるとは思えない。ロシアの核兵器使用に対する対応であっても、米国が核兵器を使用する場合にはそれが何らかの具体的な政治・戦略的な効果をもたらすものであることが前提となる。
 第二の論点は、核兵器の報復的使用が自己目的化することはないとしても、同時に、「核兵器を使用して侵略を成功させた」という前例は絶対に作れないことである。核兵器を使用した場合でも核兵器で報復されない先例ができてしまうと、その後の抑止力が大きく低下する可能性がある。
今回のケースで言えば、ロシアがウクライナ侵攻で核兵器を使用し、侵攻を成功させるようなことが起これば、その後、北朝鮮に対する核抑止の信頼性が著しく低下することとなろう。そう考えると、ロシアが何らかの形で核兵器を使った場合には、米国は政治的・軍事的効果が大きい形で核兵器を使用することを検討することとなろう。
 第三の論点は、政治的・軍事的効果が大きい核兵器の使用とはいかなる形を取るかである。軍事的効果として考えられるのは、第二波の核攻撃を阻止することである。最初の核攻撃に続いて核攻撃が行われる可能性があれば、米国は核兵器を使用してでもそれを阻止しようとするだろう。
政治的効果として考えられるのは、「核兵器を使用することで戦争を終結させる」ことである。そのためには、明確な戦争目的を設定した上で、それに合致した形で核兵器を使用する必要がある。
 政治的効果の文脈でもう一つ考えられるのが、核抑止の信頼性の再構築である。核兵器が既に使われたということは、抑止が失敗したということでもある。だとすれば、核抑止の信頼性を再構築しなければならない。核兵器の使用に対して核兵器で有効な反撃を行うことができれば、核抑止の信頼性を逆に強化できる。逆にそれができなければ、核抑止の信頼性は回復不可能なまでに損なわれる可能性がある。その意味で、核抑止を再構築するための核兵器の報復的使用は、その後の世界を安定させるために非常に重要な意味を持つ。
 これはあくまで、ロシアや中国が先に核兵器を使った場合の米国の判断をめぐる論点の整理に過ぎない。仮に米国が核兵器で反撃する判断をしたとしても、具体的なターゲットは状況による。また、ロシアの非戦略核兵器が、射程や爆発威力の点で、いわゆる戦術核として戦場で使用するのに適した形で設計されているのに対し、米国の非戦略核兵器は必ずしもそうなっていないと考えられており、具体的なオプションの有効性は実際には限定される恐れがある。

■この戦争で核兵器の使用は抑止できるか■

 核戦略の専門家の間でよく言われる言葉に、「何らかの条件が設定されていて、その条件が満たされれば核兵器が使用される、あるいは条件が満たされなければ核兵器は使用されない、と考えるのはアマチュアである」というものがある。ではどのように核兵器の使用は決定されるのか。それは最高指導者自身の主観に基づく判断による。これはアメリカだけでなく、ロシアや中国においても同じである。つまり、ロシアの核兵器の使用はプーチン大統領という個人が下す判断によって決まるということになる。
 現在展開中のロシア・ウクライナ戦争において、ロシアが核兵器を使うかどうかは重大な論点である。ただし、ロシアの核兵器使用の可能性について外から論評することを筆者は好まない。核兵器の使用は、何らかの状況下で、ウラジーミル・プーチンという一人の人間の能力や人格、あるいは責任感のすべてが問われるなかで行われる決断であり、その前提となる内外の情勢をプーチン大統領がどう判断しているか、外から正確に推し量るのは不可能だからである。
 ただその中でも言えることは、プーチン大統領が核兵器の使用を決断するとすれば、それは「戦争に勝つため」であろうことである。その判断の中で、ロシアが核兵器を使用した場合に米国がどう反応するかというのは非常に重要な材料になるだろう。もし、ロシアが核兵器を使用した場合に、米国が核兵器の使用を伴う全面軍事介入を行う公算が大きいと判断したら、核兵器の使用は自制される可能性が高くなる。一方、米国の介入の可能性はないと判断され、かつ政治・軍事的効果が大きいと評価された場合には、核兵器の使用に踏み切る可能性はあるだろう。
 ではそれを防ぐために米国は何をすべきか。この点で、「米国は強いメッセージを送るべき」あるいは「バイデン政権のメッセージは弱すぎるのではないか」と言われることがあるが、それは問題の一面に過ぎない。ロシアの核使用を抑止する上では、公の場で米国が何を言うかは本質ではない。核使用を阻止するための米国のメッセージは、メディアを介する公の場ではなく、ロシアに対して直接伝えるべきものだからだ。実際、湾岸戦争の際に米国は、イラクが化学兵器を使用した場合には核兵器を使用すると通告しているが、それは公の場での声明という形ではなく、イラク政府に対する直接伝達の形で行われた。
 実際に戦争が展開している現在においてさらに重要なのは、外交的なレトリックではなく、実際の態勢である。オバマ政権期に廃棄された核搭載トマホークが残っていれば、それを再配備することで過度に挑発的でない形で抑止力を強化できたであろうが、今は存在しない。そうなると、核装備巡航ミサイルを搭載可能なB52を頻繁にロシア近くの上空で哨戒飛行をさせたり、欧州に前方配備されているB61航空機搭載型核弾頭を核搭載可能な両用任務機(DCA)に実際に搭載して哨戒飛行を行うことなどを通じて、米国は常に核兵器を使用することが可能な態勢にあることをロシアに認識させることが必要になる。

■米ロの「特別な責任」■

 抑止の成功とは、「何も起こらない」ことである。そのため、抑止とは証明不可能命題でもある。「起こらなかった」ことの理由が何なのか、実証的に証明することはできないからである。また、核抑止論とは逆説に満ちた論理体系でもある。核兵器の使用を準備すればするほど、相手に対する威嚇の効果が高まり、実際に使用しなければならない可能性は低くなる。
 ロシアがこの戦争で核兵器を使用するかどうか、それは現時点ではわからない。核兵器が「一〇〇%使用される状況」は存在しないし、「使用の可能性が〇%」となる状況も存在しない。それは判断力、人格、責任感といった、ウラジーミル・プーチンという個人の文字通り「人間としてのすべて」が問われる状況での判断となる。そして米国の反応もまた、究極的にはジョー・バイデンという個人の文字通り「人間としてのすべて」が問われる状況での判断によって決まる。米国とソ連あるいはロシアは、長い間「人類を滅ぼさない」責任を分かち合ってきた。冷戦が終わり、核軍縮が進んだいまでも、米ロは世界を滅ぼす力を持っている。その意味で、プーチン大統領とバイデン大統領は、全人類の中で二人だけが持つ特別な責任を分かち合っている。
 それがどのような状況であれ、核兵器の使用は、宿命論的に決定されるものではない。それはあくまで人間の判断として行われるものであり、そうであるからには人間の判断によって防ぐこともできる。繰り返しになるが、プーチン大統領が核兵器の使用を真剣に考えたとき、それを思いとどまる最大の理由は米国の反応であろう。だとすれば、米国のバイデン大統領は、「今できること」をすべて行うべきであろう。それは、前述したように米国の核戦力を誇示するような、事態を一見エスカレートさせるような行動を伴うかもしれない。あるいは、彼が副大統領として支えてきたオバマ政権時代の政策とは全く異なることをしなければならないかもしれない。仮にそうだとしても、核兵器の使用を阻止することができるならば、それを行う価値がある。