リサイクルと循環系、そしてその中での毒物の蓄積の問題は新しい課題です。しかも毒物がこの社会にどのような影響を与えるのか、にわかに結論を出すのは難しいことです。可能性を示すことはできますが、生物と毒物の関係は複雑で単純には結論を出すことはできません。毒物循環が奥の深い問題であることをこの項で示したいと思います。
生物は体の中に浄化系を持っていること、浄化系の方が活動系の三倍も循環量が多いことがわかりました。生物は活動中に老廃物を出すのでこのような浄化系が必要だが、リサイクル社会では活動中に毒物が発生しないのではないか、との疑問もあります。それについて少し別の角度から考えてみます。
環境ホルモン、発ガン物質などの新種で強力な毒物の多くは、人間が作り出した新しいものから発生するものです。これらの毒物は、工業製品を製造したときから多少製品に含まれていますが、現在では管理が行き届いていますからそれほど心配するレベルではありません。
気をつけなければいけないのは、このような化合物系の毒物の多くは使用中に発生し、それが蓄積していくことです。たとえば、食品の焦げたところに発ガン物質ができることは知られたことですが、真っ黒焦げになった魚やハムは誰も食べずに生ゴミに捨てられますし、部分的に焦げたものも捨てられることが多いでしょう。そのような中には発ガン性物質の含有量が多くなります。
このように生ゴミの中の毒物は基本的には「使用」によって増加するものですが、だからこそ生ゴミは汚いのです。その生ゴミを堆肥としてリサイクルすると「人間に都合の良いものだけリサイクルされる」ということはなく、「人問にとって毒物もリサイクルされる」ということ、それよりむしろ環境ホルモンや発ガン物質の性質を考えれば、「人間にとっての毒物が選択的に濃縮されてリサイクルされる」といっても過言ではないのです。
魚の焦げた部分についていえば、私たちは生活の中で少し焦がす程度のことは日常的にしており、それが毒物生産過程になってしまっているのです。また、電気製品や台所で使っているもの、タバコと接するものなども混度がかかり、部分的には焦げることもあります。また、太陽の光に長く当たると材料が劣化して分解生成物が発生します。そして、分解生成物の中にも化合物系の多くの毒物が含まれることが実験的にもわかっています。
製品の中にはもともとはなかったのに、使っているうちに入る、という点では金属に混入する元素系の毒物、ガラスなどの無機材料の場合と同様です。「リサイクル」を「社会の活動の一つの形態」と考えれば、リサイクルのときに分別が不完全で混じってくる毒物は「使用中に発生する毒物」 区別がつきません。この点を考えるとリサイクルと毒物循環との関係を次のようにまとめることができます。
リサイクルは「一度使ったものを、また使う」ということ、そして環境ホルモンなどの化合物系の毒物は「使っている間にも発生し続ける」という特徴があり、さらに「丈夫で壊れにくい」という特徴があります。この三つのことをリサイクルの価値観や環境に対する熱意などの心情的なものを除いて考えてみると、リサイクルは毒物を蓄積する作業ともいえるのです。使っているうちに環境ホルモンが発生し、使ったものを再び使い、材料自体は少しずつ劣化していくが環境ホルモンは劣化しない、という一連の関係がそれを明瞭に示しています。
『リサイクル汚染列島』(青春出版社)武田邦彦著より
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