「リサイクル」の意味は「一度使ったものをもう一度使う」ということです。人問の社会でリサイクルを社会的規模で行うのは初めての経験ですが、生物はその誕生以来、「自分の体」という一つの宇宙で、完結したリサイクルをしているともいえます。そこで、「先人の知恵を借りる」という意味で、毒物蓄積について私たち人問の体と毒物の関係を考えたいと思います。
私たち人間の体はある活動をしています。肉や野菜、果物などの食料をとると同時に、酸素を肺から取り入れてエネルギーを獲得します。生きるということは物質を取り入れ、それを使うことで活動を行いますから、その点では社会全体と生物の体は類似したところがあります。
しかし、生物に与えられた食料はそれほど潤沢ではありません。「 物質やエネルギーを大切に、徹底的に使い尽くす」という方法を採らなければ生存競争に負けるので、徹底的にリサイクルをしています。その意味では、生物はすでに「リサイクル社会」を築いているともいえるのです。
そう考えると、生物の循環系を学ぶことは、人間が循環型社会を考えるときによい参考になると考えられます。そのような視点から、「血液の循環と毒物の処理」について簡単に解説します。
人間の体には血液が流れ、生命の維持と日々の活動に必要な酸素や栄養などが運ばれていることはよく知られたことです。人問の血は酸素を運ぶヘモグロビンの真っ赤な色をしていて、心臓のポンプの作用によって体の隅々まで循環しています。このことはすでに一七世紀にハービーによって実験的にも証明されています。そして、動脈には酸素に富んだ赤い血が流れ、その血はそれほど汚れてはいません。一方、体の中の細胞で使用されて「ゴミ」となったさまざまなものが、今度は静脈を通じて運ばれます。静脈には酸素が少なく、老廃物も多い汚い血が流れます。
「活動をすると老廃物ができる」というのは物質を使用した場合の原則です。活動しても何も後に残さないということは科学の原理に反するので、どうしても何らかの老廃物が発生しますし、そのようなものはだいたい体の害になるのです。
そこで、血液の循環系の中では血液の一部を常に肝臓に送り、そこで毒物を分解します。肝臓の解毒作用は強力で、お酒を飲んでそれがアルデヒドのような毒物になっても肝臓がせっせと処理をしてくれるのはよく知られています。その結果、毎日のようにアルコールを飲む人の肝臓は疲れ果て、少し性能が悪くなるようですが、ともかくせっせせっせと休むこともなく解毒をします。
肺も同様です。大気から取り入れた酸素は動脈を通って細胞に運ばれ、そこで栄養を燃焼させて二酸化炭素になります。その二酸化炭素は肺から大気に出て代わりに酸素を取り入れ、血液を再びきれいにします。
このように人間などの動物の体は「毒物除去、再生機構」を持っていますが、それでもある程度蓄積した毒物は体外に排出しなければなりません。そこで 、最後に腎臓に送られて血液を濾過して、尿として排出します。尿は基本的に汚いもので、正常に腎臓が機能しているときには一刻も早く体外に出したいものです。ときどき、腎臓の具合が悪くなって酷い障害を起こす人がおられますが、まさに毒物を外に排出できなくなるとどうなるかを示しています。腎不全は直接的な死の原因にもなります。
ところで、体重約六〇キログラムの人で血液の総循環量は毎分約一〇リットル(体循環菫五リットル+肺循環量五リットル)です。循環系の医学では血液を送る心臓をボンプとみなしますから、圧力がかかる体循環血液と圧力のかからない肺循環血液とに分けますが、本著は循環工学の立場なので体循環と肺循環を分けないで取り扱います。
血液は心臓から体の各方面にどんどん送られ、私たちが脳を使って考えごとをしたり、皮膚の代謝をしたり、運動で筋肉を動かしたりします。人間にとっては脳に送られる血液は特に重要で、血液から酸素や栄養の供給を受けて脳は活動をしています。脳の活動を電力に換算しますと二五ヮット程度になります。そして、脳における酸素の消費量はおよそ毎分四 ミリリットル程度で、体全体の約一〇%に相当します。脳の血流量が全身の約七五%であることを考えると、脳は体の中の他の機関と比較して、特別に酸素の消費が活発なことがわかります。
また筋肉が運動中に多くの酸素を要求することはよく知られていますが、普段の生活でも筋肉が消費するエネルギーは大切ですし、もちろん皮膚や骨、そして内臓の血液循環も欠かすことができません。
そこで、心臓から体に送られる血液の役割は「体の機能を発揮するのに必要である」と教えられ
ます。しかし、実際はそのように直接的に「役に立つ」血流だけではありません。実は、血流はそのうちわずか四分の一が脳や皮膚、筋肉の「活動」に送られているにすぎません。残りの四分の三、つまり七五% の血液は、肝臓や腎臓といった血液の浄化作用、つまり「毒物除去機構」のためにそれを担当する臓器に送られているのです。
血液を循環して、ある活動をしているのが人間の姿ですが、その活動を維持するためには「活動によって生じた毒物」を定期的にリサイクル系から除去しなければならないこと、そのためには全体の血液の「七五%を毒物除去に使う」ことを示しています。もし肝臓がすべての毒物を完全に分解でき、肺が完全に不要なガスを置換できれば、血液は永久に体の中を循環できます。そうなると、皮膚などから自然に水分が蒸発する分の水分だけを補うだけで何とか人間は生きることができるはずです。しかし、実際にはいかに優れた解毒作用を持ち、活発な活動を行う肝臓でも、体内に発生した毒物を完全に分解することはできず、徐々に血液中に蓄積されていきます。その濃度が高くなると人間は死に至るので、さらに血液を連続的に腎臓に送って血液を濾し分けて老廃物を尿として排泄します。つまり、循環においては、「外部から新しく入れるものが少なければ少ないほど、毒物などの蓄積が大きい」ことが示されています。そこで外部から水を適切に入れて、尿として出し、更新しているのです。血液をあまり濃くしないように、またある程度交換できるように積極的に水を飲むことが奨励されているのも同じことです。
人体で行われているこの血液の「循環システム」は「活動」というものがどういうものか、そこで発生する毒物はどのように処理されるべきかの見本の一つですので、その点では社会全体のリサイクルの毒物蓄積を原理的に示す好例といえるでしょう。そして人間の血液のサイクルと解毒機構を参考にすると、社会のリサイクル系と毒物との関係は次のようにまとめることができます
『リサイクル汚染列島』(青春出版社)武田邦彦著より
