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受験 能力はどこで発揮できるか  ○P-○Q、○M-○Nの組合せグラフ

加藤木守(かとうぎまもる)さんは、中学を卒業して上京し、いろいろな苦労をしたのちに調理師の見習いになりました。十年間の修業を経て一級の腕前になりましたが、発奮して東大受験を志しました。
これもまた大変な苦学の末に、39年から3年間かかって検定十四課目をすべて取ることができました。そして、31歳の年から東大受験が始まりました。
受験のチャンスを調べるには、○P○Q(環境性)と○M○N(感情性)の組合せグラフを用います。
図15を見て下さい。

31歳のときは、点線棒の環境の悪化と実線棒の感情性(処理力)の低迷で示されているように不合格でした。次の32歳のときは、東大紛争で入試はなく33歳で再受験しましたが、これも点線棒が低迷しており実線棒が下降し始め不合格でした。
34歳の三度目の受験も、相当によいところまでいきながら不合格でした。点線棒も実線棒も共に低迷していますから、かなり深刻な自信喪失期となったことでしょう。
35歳の受験の時には、今度また不合格だったら東大受験はあきらめようと思い、周囲の人々に「命日だと思ってくれ」とまでいって真剣に取組んだ結果、ついに東大合格の栄冠を握りました。点線棒は大幅に上昇し、実線棒も転換期を示しています。
グラフの今後は、実線棒も点線棒も、共に勢いよく上昇過程を示しているところを見ますと、将来調理師出身の博士も実現するでしょう。
『姓名(なまえ)』牧正人史著 青春出版社 昭和47年刊による

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