離婚の危機を調べるのは、○P○W(環境性)と○M○U(感情性)の組合せグラフを用います。
離婚の場合は、二人のグラフの点線棒、実線棒が同時に低位あるいは、下降を辿っているときが危機といえます。
人の不幸は、“あざなえる縄” の如く、複雑な事情が入り交って、心の願いに反して、人生をねじまげていくものです。
ここでは、芸もさることながら、人柄でも人気を呼んでいる高倉健(たかくらけん)さんと 、江利チェミさんの離婚をグラフで調べてみましょう。
まず、姓名分析ですが、離婚は私生活の問題ですから、小田敏政(高倉健)、小田智恵美(江利チエミ)という、戸籍名で調べることになります。(芸名は、芸能界という限られた中での 生活や人気を左右する運命の支配力をみます)図9と図10が二人の離婚時を示すグラフです。実線棒も点線棒も低位で下降しています。

図9の高倉健さんのグラフは、37歳から環境(点線棒)の悪化が始まりました。39歳からは感情(実線棒)も急速に下降しています。これは不安感や不信感を広げる難顆の出現を意味します。41歳では、ついに点線棒も実線棒も底をついて、離婚という不祥事態を招きました。
図10の江利チエミさんの点線棒は、33歳を頂点とし、実線棒は34歳を頂点として共に急速な下降を示しだし、35歳ではさらにグラフは悪化して、離婚となりました。
こうした離婚のケースでは、二人の人物像を探る必要がありますここでも、姓名分析によって二人の総合診断を
してみましょう。
高倉健さんの本名は、15画、16画、21画、31画などなかなか良い画数をそろえています。
相乗力は○P29画と○Q29画の一組、反発力は○S15画と○X30画の一組です。
この反発力は○S(所得活動)の15画「理想進展の運」の力が強くなってきますと、反発期に入って○X(家庭環境)の30画「高速横転の運」作用で、家庭を破壊させることを意味します。
これは高倉健さんが仕事に熱中すればするほど、反発期に入って突発的に家庭環境を壊すという内部矛盾をきたすのです。
その結果、逆に家庭環境から所得活動に対して、ストップがかかることにもなります。
江利チエミさんは、○U13画「才気活発の運」、○V31画「志節温厚の運」、○O41画「衆望包括の運」など、立派な画数が揃っていて、その人柄を象徴しています。
相乗力は○P43画と○X43画、○Q42画と○W42画の二組があり、反発力は○T17画と○N34画の一組があります。
この反発力は、○T(家庭貯蓄)の17画「片面勝利の運」と、○N(愛情思念)の34画「先鋭後折の運」が共昇期を過ぎればたちまち愛反発しあう内部矛盾を意味しています。
家庭貯蓄に専念して、その成果がみるみる増大(反発力の共昇期は飛躍的)を続けていたのが、突然悲哀をみるような(○Nの愛情思念)との反発をきたすことになります。実姉との金銭問題などがこれを示していると思います。
高倉健さんも江利チエミさんも二人とも、仕事に専念している間に突発的に家庭を破壊(経済的環境的に)する運を揃えてもっていたのです。
さて、こんどは二人の相性を調べてみましょう。
完全相性は、31画と27画の二組で12点、準相性はなく補佐相性は、末尾が0、1、2、7の四組で合計13点ですから、相性合計は25点です。反相性は、21画と42画(江利チエミさんに二つ)の一組で18点になります。したがって共昇期には43点の相性度がありますが、反発期ではたった7点になってしまいます。
江利チエミさんは、○Q(思考環境、考える問題)と○W(社会環境、社会の批評)の寮生活面に同時に42画「多種多芸の運、流動的な変化」を持ちます。高倉健さんの○N(愛情思念)の21画「率先垂範の運、強いプライド」に共昇期では非常に惹かれる半面、反発期には逆転して互いに憎悪し合うことになります。共昇期における相性度43点は標準で決して高くありません。
図11は、二人の反相性のグラフです。
高倉健さんの21画(点線棒)は38歳から下降して、低位置を横ばいしています。
これに対して江利チェミさんの42画(実線棒)は33歳を頂点に下降を始めています。ここから反発期に入り、離婚した35歳では最低位に落ちています。
高倉健さんの点線棒が42歳から好転しているのは、それまでの悩みから解放されたことを意味しています。
最後に、二 人の仲は反発期を過ぎれば、また以前にも増して仲良くなれます。
一時的な混乱から離婚せずに別居にとどめ、改名などで私生活の相性度を高めるなど、あらゆる努力を続けるならば、別々になるよりも幸せになれるでしょう。まことに残念なことです。
「先を知れば幸せになる」マシンのグラフ研究は、不幸な時を探って予防の英知を働かすところに意義があります。二度と生まれ変りのできない人生を、少しでも充実させて悔を残さないようにしたいものです。
『姓名(なまえ)』牧正人史著 青春出版社 昭和47年刊による

