陰陽五行論でいう天地という概念には、人に関することだけではなく、地球の自転による日周変化、地球が太陽の周りを巡ることによる年周変化、さらには月の満ち欠け、天候、嵐、稲妻、干ばつ、といった巨細にわたるすべての自然現象が含まれており、森羅万象は五行の変遷の影響を受け、人もまたその影響下にあると考えられている。
そのため、長い歴史の過程で、この世に存在する、ありとあらゆる物とか物性が五行に配当されることになり、中には現在の常識的感覚からすると奇妙に感じられるような事柄さえ五行の象意(しるし、姿、形、意味をあらわす成分)に含まれている。このことが陰陽五行論とはまったくかけ離れた、俗説や迷信を生む温床となってしまい、最近では、日本最古の陰陽五行論の専門家とされている安倍清明が、まるで魔術師か呪術師のような扱いを受けているありさまなのである。
また、俗説に結びついた陰陽五行論は、いまだ生活の中に深く入り込んでおり、例えば、井原西鶴の作品「八百屋お七」と陰陽五行論の俗説を結びつけ、丙午(ひのえうま)の年に生まれた女性は夫を殺す、といった迷信を作り出し、昭和14年に巡ってきた丙午年には、厚生労働省による人口動態統計にもはっきり表われるような出生率の低下と中絶の増加が見られるのである。こうした社会的背景の中、俗説や迷信を紹介する本が数多く出版され、俗説や迷信のほうが陰陽五行論の本来の姿であるかのように誤解している人が圧倒的に多 いのが、日本の現状なのである。
さて本書では、五行に配当されている奇異雑多な多くの事柄の中から、身体に関わるものと実証的に有意と考えられる部分のみを摘出し、その論議の対象とする。つまり、地球が公転・自転することによりもたらされる四季の変化と日周変化、そしてその影響を受けた身体的な事象以外の、古来より五行に配当されている象意は俗説として排除する。
そして、四柱推命は、生まれた瞬間、つまり、肺の中から羊水が吐き出され、一個の生命として肺呼吸をし始めた瞬間を、自然の周期とのせめぎ合いの始まりとして考え、その誕生という起点を元として、自然の周期的変化が、その人の身体および、精神活動、さらには、運命という時間軸上の変遷にどのように影響しているかを推察することになる。
人間の生活および活動は、生活習慣、社会環境といった外的な因子の影響を大きく受けてはいるが、体内には、天体の動きに呼応した時計のようなものが存在することが明らかになっていて、日周期、年周期の影孵を見ることができる。その時計が、日周期、年周期に同期し、1年という長い周期さえ、数時間の誤差で認識しているということも、最近の脳の研究で明らかになっている(角田忠信著「続日本人の脳」大修館書店。)
「四柱推命学入門」小山内彰 (希林館)より