このような例は、あげればきりがありません。私の身近なところにも、「方位」のもつ神秘な力に翻弄されて失敗したり、思わぬ幸運を射とめたりした例が数えきれないほどあります。人生の重大な局面にたちいたった人たちに意見を求められ、私がおよばずながら方位学の知識を生かしてお役に立ったことも何回もありました。

その経験を、この本のなかではなるべく数多く紹介していきたいと思いますが、とりあえず、いまでも、私の記憶になまなましい―つの例だけをお話ししておきましょう。

もう十数年まえのことですが、私は一見してどうしようもないような「不良少女」を紹介されたことがあります。いわゆるズベ公あがりで 一時は麻薬などを注射し、頭もおかしくなっていたのか、なにしろ人まえで金魚鉢に手をつっこみ、泳いでいる金魚をつかんで口の中へほうりこんだというくらいですから、ふつうの常識でいったなら、だれでも手がつけられないーーというでしょう。まったく私も、最初その話を聞いたときには、これでは救いようもないなと思ったくらいでした。

そのとき私は 彼女の親がわりをつとめている人から、なんとかならないかと相談をもちかけられたのです。

即効はむずかしいでしょうが、とにかく方位学の吉方をうまく使ってみたらどうか、と私は答え、さっそく彼女の方位を調べてみました。すると、その年は、北の方角と東南の方角に彼女の運の開けてくるきっかけがあるはずだという結論が出てきました。そこでそのむねをその人に伝え、なにごとによらずたいせつなことを行なう場合は、この方角を選ぶようにと助言しておいたのです。

その効果は、時がたつにしたがって、こわいくらいによくあらわれてきました。第一に、北の方角の医者にかかったところ、麻薬ともぷっつり縁が切れ、心配していた禁断症状も、それほどのこともなくおさまったのです。つぎは就戦ということになりましたが、本人もかたぎのまじめな仕事は性に合わないというので、私は東南の方角にある店のホステスをしてはどうかとすすめました。

麻薬との縁が切れただけでも、彼女は私の言葉を信じるようになったのでしょう、さっそくその方角の店を捜して、そこへ勤めました。

こう言ってはなんですが、彼女はあまり美人とは言えませんでした。ところが、その店ではけっこういいお客がつくのです。仲間の美人連中が首をひねったというくらいですから、やはり目に見えないふしぎな力が働いていたと思うほかはありません。

そのうちに、今度は、ある男性から、結婚のプロボーズがやってきたのです。またしても身上相談ですが、私は、相手の住んでいる場所を聞くと、写真も何も見ないで膝をたたきました。彼の住所は、彼女の家からちょうど真北の方角に当たっていたのです。

「こう言っちゃなんだが、この人はあんたにはよすぎるくらいの相手だよ。あすにでもオーケーと言いたまえ。うまくゆくことは私が保証する。」

たいへん乱暴な話ですが、この結婚はじつにうまくゆきました。彼女もすかり奥様然としてきて、以前にシュミーズ―つで博突を打っていたという不良少女の面影は、もうどこにもありません。

年に一度ぐらいは、私の家へも遊びに来ますが、私はそのたびに、「どう、その後、金魚の活け作りは食べないかね?」

というような冗談を言って笑うのです。

 

◎出典 「改定方位学入門」高木彬光著 カッパブックス及びブログ作者の収集データーによる◎