2019-05

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徒然 24

私は、その数学研究会(数研)に学んで、自分の数学の教え方も、変化します。当時使っていたのは、市販のテキストではなく、自分で編集した問題をデュプロという印刷機で刷って、授業に使っていました。自分の得意は、幾何だと直感して、まず、幾何の問題集を...
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徒然 23

それじゃ、トップのクラスの生徒は、どうなるのか、当然の疑問ですが、これにも塾長は答えを持っていました。その塾には、数学研究会という自主組織がありました。自然発生的にできたものか、あるいはその塾長が作り上げたものかは、判然としませんが、それで...
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徒然 22

その当時の塾長は、その科目が不得意な人間が担当すべし、ということだったのです。私は、数学や算数が不得意だったので、その塾の目玉の授業を担当するものに抜擢されたのでした。わからない人間が担当するとどうなるか、わからない部分がよくわかるので、わ...
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徒然 21

私の突破口は、面積(図)を使う解法でした。鶴亀算も、図に表すと、いとも簡単に解けるようになりました。どうしても、xを使いたくなるのですが、それは、小学生では教えませんので、xを用いない、つまり方程式を作らずに解法を得なければならないのです。...
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徒然 20

ただ、後からそれはトップによる私の教育の一環だったことを知ります。その期間に私は、小学受験の世界を経験して、それまでは、忌避していた算数の世界に入り込みました。鶴亀算、旅人算、ニュートン算、など不得意中の不得意な科目を徹底的に勉強させられま...