◎ 二 人を憎まず、意見に怒る ◎ 『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より

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◎ 二 人を憎まず、意見に怒る ◎

 かくいう私が親からもらった性質のうち、もっとも感謝しているのが、「人を憎まない」という鈍感さである。私には「嫌いな人」というものがいない。だれでも好きになり、親しくなる。しかし、これにもまた都合の悪いことがある。
 自分が相手を嫌いにならないので、相手が自分を嫌っていても、それがわからないことがあるのだ。相手が自分を嫌いなら、できるだけ会わないようにすべきである。そうしないと相手に失礼だと思うのだが、自分が相手を嫌いではないので、ついつい近づいてしまうのである。
 人の感情というものは、相手が自分に対して抱いている感情を、鏡のように映すものである。私が人を憎むことがないので、最初のころは私のことを嫌いでも、少しずつ関係が良くなってくることもある。

 私が相手に憎しみの感情を抱かない理由の一つは、「自分が正しいと思っていることはいい加減で、もしかしたら相手の方が正しいかもしれない」という考え方を、常に持っているからではないかと思う。
 長いあいだ基礎科学を研究してきた私は、自分が正しいと信じていたことが実は間違っていた、ということを嫌というほど経験してきた。だから、そもそも自分が間違っているかもしれないのに、「自分が正しくて相手が間違っている」と腹を立てること自体がナンセンスだと気づいたのだ。
 例えば、「地球温暖化がますます激しくなっている」と平然と嘘をつく人間がいる。卑劣な人間だと思うが、社会的にも立派な立場にいる人が、どうしてそんな嘘をつかなければならないのか。自分に自信が持てないとか、お金が欲しいといった、なにか哀しい事情があるのかなと考えると、少しは納得もいく。
 福島第一原発事故による放射能汚染の件もしかりである。法令では一般の人の線量限度は一年に一ミリシーベルトなのに、「一年に100ミリシーベルトまで大丈夫」などと放言して自分の名声を守ろうとしたり、あることないことを喋り立てて、いかに自分が知識豊富であるかをひけらかしたいだけの人も、実に可哀想である。
 まったく腹が立たないわけではなく、瞬間的に怒り狂うこともある。しかしそれは「意見や行動」に対してであって、「その人自身」を憎む感情は湧いてこない。

 人は、身近な人でも嫌いになったり、自分の大切な人にさえ強い負の感情が湧いて、嫌いになったりする。自分と関係のない人間は、当たり障りのない適当なことを言うだけなので好きになるが、自分のことを親身に考えてくれる人は、耳の痛い苦いことも言うので嫌いになる……。まさに哀しい人間の性である。
 思春期に親が憎くなるのも、これと同じ理屈である。この世で最も自分のことを大切に考えてくれる親がうっとうしく、ときには憎くなる。その一方で、相手のことなど知ったことではないから口先だけ適当なことを言う友だちを、好きになる。こんなことは日常茶飯事の、ごく普通のことと言ってもいいだろう。

 しかし、もし「人を嫌いになる」ことが「嫌い」になり、「人を好きになる」ことが「好き」になれば、人間関係の悩みの多くは解消するはずだ。そのためのもっとも重要な心の持ち方は、「裏切られても『ああ、そうか』と受け取って、決してその人を恨まない」という覚悟である。
 難しいことかもしれないが、可能である。なぜなら、幸いなことに、この日本という国には実に多くのさまざまな人がいて、ある人と近くなったり、距離を取ったりすることが自由にできるからである。

『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より R081105

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