◎ 結婚||「男女の愛」を「家族の愛」に変える ◎『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より

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◎ 結婚||「男女の愛」を「家族の愛」に変える ◎

教え子の結婚式で祝辞を述べた際、初めて私は自分が好きな都々逸をその中に入れた。

「一人笑ろうて暮らそうよりも、二人涙で暮らしたい」

「涙」という文字が入るので、お祝いの時にはどうかという迷いもあったが、思い切って使った。それはこの旬の中に「夫婦の神髄」が入っていると思うからだ。
「人はなぜ結婚するのか?」という問いはかなり奥が深い。その問いを「なぜ、あなたは結婚したのか?」に変えれば「彼女のことを愛していたから」といった答えが返ってくるだろう。「なぜ、その彼女と結婚したのか?」と聞けば、「可愛かったから」からもしれない。
そう、結婚は男女の「愛」を基本にしている。だから、ついつい「夫婦とは男女の愛情で結ばれている」と考えがちなのである。
しかし男女の愛が続くのは3年までで、4年目からは「家族の愛」に変わる。男女の愛の間は笑って過ごし、家族の愛に変わると(共白髪まで)涙で過ごす、というのが本当のところではないだろうか。
人間の場合、男女の愛というのは突き詰めて言えば、後で詳しく述べるが、性欲(生殖本能)が衰えた男性が、女性からの働きかけに呼応するような形で生まれるものなのである。だから、結婚してしばらくすると女性からの働きかけは弱くなるか、働きかけはあっても新鮮さが失われる。そんなときに、「別の女性」が登場すると男性の心が動くのは「当然」とも言える。
「可愛い女性」と結婚した男が、3年目に「より可愛い女性」から誘いをかけられるとそちらになびくというメカニズムがそこにあるのだ。
これはなにも最近の話ではなく、約200万年前に動物としての性欲を失い、女性がお化粧を始めた時からのことで、いわば人間の男性が背負わされた業のようなものである。
この業、つまり人間の男性の頭脳が発達したことと、一夫一妻制との間の矛盾をどのように処理するか、そこに結婚した男性の「価値」がある。
人間の人生には、楽しさと苦しさがあるが、結婚3年目までは楽しさだけで葬らしていける。そこから二人で苦しさを共有しながら生きていくうちに「男女の愛」より強固な「夫婦の愛」が生まれる。その愛は「家族」の愛なので、移ろうことのない強固な「絆」であると言えるのだ。
一緒になって子供のことで悩み、お金で苦しみ、病気の時には助け合い、そして一緒に涙するのである。
この世に男女という2つの性があることは本当に素晴らしいと思う。体も頭脳も考え方も、趣味も感情も、何もかも違うから人生が成り立つのではないか。結婚届を出したから夫婦なのではなく、ひとつ屋根の下で暮らしているから夫婦というわけでもなく、男女として愛しているから夫婦なのでもない。
結婚してしばらくして、男女の愛を「家族の愛」に転換できた夫婦こそ、本当の夫婦なのだ。もちろん、強い家族の愛に昇華した夫婦の間にも、男性と女性の間ならではの緊張感と愛情が残ることがあることは強調しておきたい。

『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より R081030

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おてんとうさまの下で
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