◎ 行為そのものを目的にすると「失敗」がなくなる ◎『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より

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◎ 行為そのものを目的にすると「失敗」がなくなる ◎

カゼで熱があった日もあった。お母さんは「大丈夫?」と言ってくれたけれどそれを振り切るようにして学校に行った。だって、もう少し頑張れば皆勤賞を取れるのだから……。
あの頃の自分は輝いていた。学校が楽しく、毎日は忙しかった。勉強もいまよりしていたけれど、勉強をすること自体もイヤではなかった。いまから考えると学校も勉強もゲームのようなものだった。
それなのに最近の自分はダルだ。大学へ行くのも一種の惰性で、楽しいから行くわけではない。講義も退屈だし、第一、何のためにこんなことを勉強しなければならないかもわからない。将来が少しは不安だけれど、だからといって体の中からファイトが出てくるわけでもない。
あの頃が懐かしい。純真で、しかもいまより決断力もあったような気がする。それにいまは悪いことも少しはするけれど、あの頃はこれっぽっちも悪いことはしなかったし、授業中に先生が話をされている時に友達と私語などしなかったし、もちろん、寝ることなんかなかった。
自分はどうしたのだろう? 何でこんなにダメな自分になってしまったのだろう?

この世に誕生し、子供から大人へと成長していくと人間はある時期に「行為」から「目標」に生活の目的が変わる。この変わったことに気がつかない人が立ち上がれないダルに苦しむ。「行為」という目的と「目標」という目的はどこが違うのだろうか?具体的な例から話を始めたい。
ある講義でレポートの提出を言われたとしよう。まず気になるのはレポートの提出期限だ。もし一ヶ月もあればしばらくは放っておいてもよいし、もし一週間ならすぐにでも取りかからなければならない。学生はそう考える。ここにダルを生む原因が潜んでいる。
もし自分の生活の時間が自分のものであり、自分の「目標」のものでなければ、レポートを出すか出さないか、いつレポートを書くかは自分の好き勝手であり、期限が長くても短くても関係がない。自分がレポートを書きたければ書けばよいし、書きたくなければ放っておけばよい。

『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より R081012

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おてんとうさまの下で
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#牧正人史 #マシレ予測 #武田邦彦 ♯yymm77

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