サイトアイコン ハウスワークサービス多摩店

◎ 良い子の人生はつまらない。感激もないし、起伏もない ◎『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊よ

◎ 良い子の人生はつまらない。感激もないし、起伏もない ◎

バーナード・ショーの戯曲に登場する女性は、みな少しお茶目だったり、どこか精神的に病んでいたりする感じなのだが、それはそれは魅力的で戯曲の中の女性なのについ惚れてしまう。『嵐が丘』のキャサリーンや『椿姫』のマルグリットに少し似ている。
思わぬ女性との出逢いが待っている、そんな風流な雨宿りは現代の日本では期待できない。第一、建築様式が違って「軒先」というものがほとんどない。ビルは道路から垂直に立っていて人が近づくのを拒否しているようだし、洒落たレストランの店先には雨宿りにはちょうどよい庇がかかっているが、怖いお兄さんがギョロッとした目で見るので、そこを借りることすらできない。
冷たいビルの壁に跳ね返されるのもイヤだ、レストランのお兄さんに睨まれるのもいやだ……結局、私はやけになり、土砂降りの雨の中を走るのを止めて、そして歩き出す。雨は最初、私の少ない髪の毛を濡らす程度だったが、次第に首から胸、そしてズボンの裾までに至る。
靴がズブズブしてくるのにもそれほどの時間はかからない。そしてそのころになると私は雨の中をずぶ濡れになって歩くのが楽しくなってくる。これが夏ならよかった……火照った体を冷やしてくれただろう。でもいまは11月の半ば、冷たい雨が私の体を冷やす。それでも家は少しずつ近づいてくる。
私は家の玄関に飛び込むと、ずぶ濡れになった靴と靴下を脱ぎ、なんとかタオルで体を拭き、そして凍えた指先でやっと風呂のスイッチを入れる。あと、15分の我慢だ……そうしたら……私は暖かい風呂の中に身を沈めて指先がジーンと暖まってくる幸福に包まれる。
何年ぶりだろう、こんな幸福感は……。
人が幸福を感じるとき。それは何かの拍子で食事がとれず、丸一日もたってパサパサになったご飯に昆布の入ったおにぎりを頬張るときであり、すっかり凍えた体を温めるお風呂に浸かったときである。
人に幸福を与えるのは、決して特別高価な「こだわりのおにぎり」でもなければ、外からスマホで沸かせる風呂でもない。お腹が減ること、体が冷え切っていても15分は待つこと、それが私たちに満足を与える。
現代の日本人は悲惨だ。どのように生活すればよいか、事細かにテレビが教えてくれる。
もちろん万人に伝えるテレビだから、間違っても「ずぶ濡れになりましょう」などと言えない。それで風邪を引いた人から苦情が来るからだ。だから当たり障りのないことばかりになり、テレビに出演する人はみんな「良い子」である。
良い子の人生はつまらない。感激もないし、起伏もない。それなら最初から生まれなければよいし、生きるための努力も要らない。人は不幸があるから幸福がある、空腹があるから食事も楽しい、疲れるから寝る楽しみもある、生活が辛いから生きる価値もある。好きな女性に振られるからまたチャレンジしようという勇気が出る。
ところがみんな錯覚している。少しでも得で、少しでも平穏な生活を求める。そうする
と毎日は単調になり、暇になり、「何のための人生か」と気持ちすら重くなり、ついには生き甲斐を見失う。
得をしようとしてはいけない。損することを恐れてはいけない。そうするとビクビクしてしまって面白くない。
気軽に行こう!彼女にまずは愛の告白をしてみよう。成功すればよし、失敗したらヤケ酒もまた苦くてよいものだ。悔し涙に暮れることもできる。
出かけてみよう!雨が降るかも知れない、電車が止まるかも知れない。ずぶ濡れになるのも、夜中に帰るのも、それからの風呂がよい。決して明日の寝不足を気にしないことだ。人間は一日ぐらい、寝なくてもどうってことはない。それより気に病む方が悪い。
私はずぶ溢れになる。反省するけれど、反省したら忘れてしまう。幸いなことに一時間前はもう戻ってこないし、昨日は昨日だ。忘れてもどうってことはない。

『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より R080915

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
おてんとうさまの下で
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
#牧正人史 #マシレ予測 #武田邦彦 ♯yymm77

モバイルバージョンを終了