夢
夢……。それは一体どういうものだろうか?
あふれるほどの財宝を手に入れること、それは確かに魅力的であるし、ミルの夢もそのことに支えられている。しかし300億円という大金を手に入れても、それを数年で使い果たすことはできない。どんなに頑張っても人間は一日に10万円程度しか使えないだろうから、財宝を発見してから数年間生きていくだけなら一億円もあればおつりが来る。
でも彼は幸福だった。手に入れたお金の99パーセントは使えず、さぞかし残念だったろうと思うかもしれないがそうではない。彼は満足して死んだ。
「お金」は使わなければ意味がない。たとえ目の前に金塊が山のようにあっても、食欲がなく、どんなに美しい服を着ても見てくれる人もなく、外出もできないとなればいくらお金があっても意味がない。そんな使わなければ意味のない財宝を使わないまま、この世を去っても彼は幸福だった。
言うまでもなく「夢」というものは「現実」ではない。それは人間の頭の中に生じる一種の幻想である。だから夢はそれが達成され、現実となった瞬間に終わる。夢から得られるものはないのである。だから現実は夢にならない。獲得してから楽しむことができるものも夢にはならない。結婚して一緒に楽しい家庭生活を送ることができる異性は、夢にはならない。「結婚することが夢」という人と結婚しても家庭生活は楽しくない。人間の頭
の中の幻想とはそういうものである。
でも夢が大切なのは、自分が人間だからだ。人間という動物はむやみに頭が発達したので、「脳」が「肉体」から分裂してしまった。肉体は健全な生活を望んでいる。毎日働き汗をかき、そしてご飯を食べて寝る。私たちの肉体が快適な生を楽しむためには、身体を動かして疲れることが必要である。そうでなければ快適な眠りにつくことができない。汗をかかないと新陳代謝が進まないから爽快にならない。身体を動かさないとお腹が減らな
いから食事も美味しくない。
ところが脳は反対だ。身体を動かすのは偉劫だからできるだけ楽をしようとする。そうすると身体は反抗して不眠症になる。汗をかくと洗濯をしなければならないから汗をかかない。そうすると毎日がどんよりしてくる。身体を動かさないからお腹が減らない。空腹は最高のスパイスだと言われる。その「最高のスパイス」が抜けているからそのぶん「美味しいもの」を食べなければ食事に満足できなくなるのである。
脳と体は分離している。
「夢」はそれをつないでくれる。夢自体にはなにも意味はない。しかしそれで人生の目標ができ、生活が明るくなる。一所懸命にやれば手足は動く。身体もそれで満足である。でも、夢は夢である。ゆめゆめ、実現することに期待しないことだ。夢は、獲得するために努力することに意味がある。獲得してしまえばそこで終わる。その夢が幻想であったことがわかるからである。
人生は無意味だ。「たかが人生」であり、生きる意味を見つけるのは不可能だ。でも人生は楽しい。「されど人生」である。人生を「たかが」から「されど」にする道具。その一つの道具が「夢」である。
『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より R080905
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