◎夢人生を「たかが」から「されど」にする道具◎『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より

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夢人生を「たかが」から「されど」にする道具

夢をもって人生を歩くことができる。それはどんなに素晴らしいことだろう。そして「こんな夢をもって充実した人生を歩んだ人がいる」という話は飽きるほど聞いた。でも自分はそういう夢を持つことはできない。所詮、夢なんてものは特別な人がもてるのであって、自分には関係がない。
そう思うと、毎日はさらに灰色になる。でも夢というのはそれほど具体的なことではない。夢をもって生きた人の現実の話をそのまま見るのではなく、その話に潜む大切なことに目を向けるのだ。だからそれは同じではなく、少しずつ違っている。
私が好きな、夢に関する話でこういうものがある。
1970年、メル・フィッシャーという一人のアメリカ人が沈没したスペイン船の捜索を開始した。360年前に沈没した「アトーチャ号」は1000億円にもなる財宝を積んだままフロリダ沖で沈没したと記録されている。その財宝を見つけるのが彼の夢だった。
どんなことでも紆余曲折がある。毎日、侮日、フロリダのヨットハーバーから出航し、海に出るのだから事故も起こる。捜索を始めてから5年目の7月20日、最愛の息子を捜索中の事故で失った。夢を追って何かをする途中に、大きな犠牲や不幸が訪れるのもまたよくあることで、まるで神様が夢を追い求めている人に、その人の心の確かさを試すように思える。夢を追うというのはそれほど簡単ではない。
最愛の息子を失ったメル・フィッシャーはそれでもめげずに数年後から再び沈没船の捜索を始める。毎朝、海図を拡げ、それまでしらみつぶしにやってきた海域のはずれに印を付ける。そこが今日の捜索海域である。
小さなヨットのとも綱をはずし、いよいよ本日の捜索を開始する。その時、メル・フィッシャーは好物のビールを小さなジョッキについで、こう言う。
「今日こそ、見つけるぞ!」
彼の顔は朝日に輝き、気負うこともなく、意気込んだところもなく、明る<笑いながらジョッキを傾ける。私の生涯で忘れることができない笑顔だった。私がフロリダで彼のその顔を見たのはいつ頃だったのだろうか……。おそらくは捜索を開始して10年程度、息子さんを亡くして5年後ぐらいだったと思う。
辛いこともあった、でも強固な意志の持ち主なのだろう。その顔は実に「屈託のない」顔をしていた。
「今日もやるぞ!今日こそ見つけるぞ日」
もう、10年も頑張って、それでも見つからないのに「今日こそは!」と言いながら笑い、そしてジョッキを傾ける。その口調はかなり真剣だが、顔は笑っている。
(そうだね……。10年もの時間をかけて、その間に息子さえ失っているのに、全然、深刻なところがない。自分の人生を賭けたことであっても、こんなに気軽にできるなんてすごいな。それにしても、よく毎日、毎日、同じようにヨットを出しても見つからないのに、こんなに気軽で陽気にやることができるものだ……)
私はフロリダの海岸から出航していくメル・フィッシャーのヨットを見ながらつくづく感心した。その情最は今でも鮮明に脳裏によみがえる。そしてそのときの彼の笑顔が、時に失敗して落ち込んだとき、長いあいだ研究がうまくいかず気弱になったとき、私を力づけ、助けてくれた。
彼はそれから6年ほど後、ついにスペイン船を発見して、当時で600億円相当の金塊を手に入れた。300年以上前に沈没した船でも、所有者に権利があるらしく、スペイン政府とフィッシャーで300億円ずつ山分けしたらしい。
メル・フィッシャーは財宝発見後、わずか数年でこの世を去った。

『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より R080904

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