サイトアイコン ハウスワークサービス多摩店

第五章・いのちの時代 連載第百三十六話 二人の師

第五章・いのちの時代 連載第百三十六話 二人の師

第五章・いのちの時代
連載第百三十六話「二人の師」

筒田先生は、原爆を見た、と言われた。

昭和二十年の、夏。広島に、あの爆弾が落とされたとき。江田島の海の上から、先生は、それを、見たのだという。

そのとき何を見て、何を感じられたのか。先生は、語られなかった。ただ、見た、とだけ。彼も、問わなかった。問うてはいけない、と思った。海の向こうで起きたことの、その先を、言葉にできる人など、いるのだろうか。語られなかったという、その沈黙の中にこそ、いちばん重いものが、あったのだと思う。彼は、その沈黙を、そのまま、受けとめた。

彼には、もう一人、師がいた。牧正人史先生である。姓名科学を、彼に授けてくださった、あの師である。

その牧先生もまた、地獄をくぐってこられた方だった。

牧先生は、若き日、中国におられた。満州へ渡られた。そして、敗戦。八路軍に追われ、命からがら、引き揚げてこられた。その、引き揚げまでの道のりが、地獄だった、と先生は語られた。

道の、左右に、行き倒れの死体が、山をなしていた。大人も。子どもも。その、死体の山のあいだを、牧先生は、生きて、引き揚げてこられた。

海の上の地獄と、大陸の道の地獄。かたちは違う。けれど、どちらも、人が人でなくなるような、あの時代の底を、二人の師は、その身で、くぐってこられたのだった。

その牧先生が、あるとき、彼に、こう言ってくださった。

あなたも、地獄を見た人だ、と。

彼が、先妻を看取った、あの経験のことだった。彼は、はっとした。自分の経験を、地獄などと、大それたものと、思ったことはなかった。あの時代の、大勢の死とくらべれば、それは、たった一人の死だった。けれど、牧先生は、そう見てはくださらなかった。牧先生の言葉は、彼の中の、名づけられずにいた重さに、静かに、名を与えてくださった。

彼は、思う。

平穏な死、というものがある。平凡という名の、実は非凡な人生を送れた人にとって、眠るような死は、悲しくはあっても、日常の一環なのだ。畳の上で、静かに、息を引き取る。それは、人の営みの、自然な締めくくりだった。そういう死を迎えられることは、それ自体が、稀な恵みなのかもしれない。

けれど、非凡な体験の只中で、否応なく立ち会う死は、そうではない。戦場で。引き揚げの道で。あるいは、若くして、伴侶を看取るという、あってはならぬ順序の中で。その場に引きずり込まれ、逃れることのできぬ身として、いのちの消えるのを、見る。それは、地獄の体験と評して、間違いのないところではないか。牧先生が、彼の経験を地獄と呼ばれたのは、そういう意味だったのだと、彼は、あとになって、思い当たった。

そして、彼は、思うのだ。

地獄をくぐった人たちが、そのあと、何をしたか。筒田先生は、府中で塾を興し、子どもたちの未来をひらこうとされた。牧先生は、姓名科学という道をひらき、人の一生を、名前という一点から、照らそうとされた。彼自身は、介護の現場で、いのちの最期に、寄り添い続けた。あれほどの地獄を見た者たちが、憎しみや、絶望ではなく、人を生かすことに、その先の生涯を、注いでいく。

彼は、その二人の師に、導かれてきた。

若き日に、筒田先生の多磨塾で、人生の最初の転機をいただいた。その塾のマイクロバスを運転するために、大型の免許を取った。のちに、牧先生から、姓名科学を授かった。二人の師の教えが、彼の半生を、貫いていた。

そして、いま。彼は、その一人の師、筒田先生の、晩年に寄り添っている。かつて導いてくださった師の、まだらになった意識の隣に座り、その底からこぼれ落ちる、若き日の証言を、一つずつ、受けとめている。

学んだ者が、教えた者を、こんどは、支える。導かれた者が、導いた人の、最後の言葉を、聞きとる。それは、一つの、円環だった。人生は、こうして、ぐるりと、めぐる。始まったところへ、還っていく。

歳月を経た今、振り返って、思う。

二人の師は、地獄をくぐって、人を生かす道を選ばれた。彼もまた、彼なりの地獄をくぐって、いのちに寄り添う道を歩いた。師が見たものを、弟子が聞き、受けとめる。弟子が見たものを、師が、地獄と名づけて、認めてくださる。語られたことも、語られなかった沈黙も、すべて引き受けて、次へ、渡していく。人が生きて、つながっていくというのは、そういうことではないか。地獄を見た者たちが、それでもなお、人を生かそうとして、手を、つないでいく。それが、いのちの、時代を超えた、受け渡しではないか。

生かされて、今を、存在する。

海の上で原爆を見た師と、大陸の道で死体の山を越えてきた師と、その二人に「あなたも地獄を見た人だ」と認められて、今ここにいる自分のことを、今も、自分は、確かに、覚えている。



#牧正人史 #マシレ予測 #至誠の覚醒 #姓名科学 ​

モバイルバージョンを終了