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第五章・いのちの時代 連載第百三十五話 成績

第五章・いのちの時代 連載第百三十五話 成績

第五章・いのちの時代
連載第百三十五話「成績」

なぜ、先生は生き残られたのか。

その問いの答えは、別の日に、また霧の切れ間から、こぼれてきた。それは、聞いていて、つらい話だった。

マルレの訓練では、成績の下位の者から、特攻に投入された。先生は、そう語られた。逆に言えば、成績さえ上げれば、投入は、後回しになる。生き延びる望みが、わずかに、つながる。生きるか死ぬかが、成績で、決められた。

先生のほかに、もう一人、生き残った同期がいた。

その男のことを、先生は、語られた。彼は、供応をした。カンニングをした。そうやって、成績を上げたのだ、と。卑劣な男だった、と先生は言われた。

彼は、その言葉を、そのまま、書き記す。先生が、そう語られたからだ。その男が本当にそうであったのか、彼には、確かめるすべはない。ただ、先生の中では、その記憶が、長い歳月を経てなお、消えずに、疼いていた。それだけは、確かだった。まだらな意識の底からでも、こぼれ出てくるほどに。

正しく生きた者が、成績で下位となり、特攻に送られて、還らなかった。ずるく立ち回った者が、成績で上位となり、生き延びた。そういうことが、あの訓練の場では、起きていた。先生は、それを、見ておられた。同期が、一人、また一人と、還らぬ海へ送られていくのを。そして、卑劣な手で生き延びる者がいることを。

十代の、二十代の、若さで。

彼は、思う。この理不尽こそが、先生の、その後の生涯を、決めたのではないか、と。これは、彼の推測である。だが、そう考えずには、いられなかった。

戦後、先生は、府中で、私塾を興された。多磨塾である。

そこは、まず、成績を上げる塾だった。とにかく、成績を。子どもたちの、成績を、上げる。それが、先生の、塾の、根本にあった。

なぜ、成績だったのか。

あの戦争で、成績は、いのちを分けた。成績の下位の者が、死んだ。上位の者が、生きた。その、むごたらしい仕組みを、先生は、その身で、くぐってこられた。ならば――と、先生は、考えられたのではないか。ならば、こんどは、平和な世で、成績を、いのちを奪う道具ではなく、子どもたちの未来をひらく力に、変えてみせる。あの理不尽を、まったく逆さまの意味に、作り変えてみせる。

「府中で、革命を起こす」。

先生は、そう言って、塾を育てられた。その言葉の底に、ベニヤの艇の記憶が、九十八人の同期の記憶が、沈んでいたことを、彼は、あとになって、思い知った。あの穏やかな教育者の情熱は、若き日の、あの海から、まっすぐに、続いていたのだ。

歳月を経た今、振り返って、思う。

人が、何かに生涯を賭けるとき、その根には、たいてい、簡単には人に言えない何かが、埋まっている。先生の「成績」への執念は、ただの受験指導ではなかった。それは、成績にいのちを奪われた同期たちへの、弔いだったのではないか。そして、成績を、こんどこそ、人を生かす側に置こうとする、静かな、しかし烈しい、闘いだったのではないか。

生かされて、今を、存在する。

「府中で革命を起こす」と言われた先生の、その言葉の底に沈んでいたものの重さを、あの家で聞いた話とともに、今も、自分は、確かに、覚えている。



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