第五章・いのちの時代 連載第百八話 三日、三週間、三か月
東京に、戻って、彼は、また、必死に、仕事を、探した。
条件は、悪くなる、一方だった。五十六歳。前の職を、リーマンで、失った、中高年。世の中は、不況の、底にあった。どこも、彼を、必要とは、しなかった。履歴書を、出しては、断られた。出しては、断られた。
そんな中で、彼は、雇ってくれる、ほとんど唯一の、職場を、見つけた。
介護だった。特別養護老人ホーム。彼は、早々に、電話を、入れ、面接を、受けた。
施設長が、出てきた。彼の、履歴書に、目を、落とし、それから、彼を、見て、こう、言った。
「もう、お年ですね」
そして、続けた。
「きついですよ、この仕事は。正直、三日、持つかどうかです。けれど——三日、持ったら、三週間は、大丈夫でしょう。三週間、持てば、三か月は、いける。三か月、持てば、あとは、慣れです。やってみますか」
三日、三週間、三か月。
奇妙な、言葉だった。励ましとも、脅しとも、つかない。けれど、その言葉には、嘘が、なかった。この仕事が、どれほど、きついか。何人が、三日で、辞めていったか。それを、見てきた人の、言葉だった。
彼は、やってみます、と、答えた。
ほかに、道は、なかった。
いつも、そうだった。彼の人生は、いつも、このような、ぎりぎりの、ところを、生きてきた。先妻を、失ったときも。福岡へ、向かったときも。職を、何度も、失ったときも。選択肢など、なかった。目の前に、開いた、ただ一つの、道を、行くしか、なかった。今度も、同じだった。五十六歳の、彼に、選ぶ余裕は、なかった。
こうして、彼は、その特養の、介護職員と、なった。
現場に、立って、すぐ、わかった。こんな、高齢の、職員は、いない。まわりは、若かった。平均年齢は、三十に、届いていない。二十代の、若者たちが、てきぱきと、動いていた。その中に、五十六歳の、新人が、混じる。彼は、いちばん、年長の、いちばん、不慣れな、新人だった。
その特養は、南北に、百メートルほどの、細長い、建物だった。三階建て。満床のときは、八十人以上の、お年寄りが、暮らしていた。夜勤は、三人体制。その、長い廊下を、夜通し、行き来することに、なる。
ここは——人生の、最後の、場所だった。
七十年。八十年。それぞれの、荒波を、越えて、たどり着いた、終(つい)の、住処。一人ひとりの、来し方を、たどれば、膨大な、物語が、あるだろう。戦争を、くぐった人。家族を、育てた人。何かを、成した人、成せなかった人。その、すべての、人生の、最後の、何年かを、この場所で、過ごしている。
その、いのちの、最後の、時間に——五十六歳の、彼が、寄り添うことに、なった。
四十年後の今、振り返って、思う。
あのとき、施設長が、言った「三日、三週間、三か月」。彼は、その、三日を、越えた。三週間を、越えた。三か月を、越えた。そして——その先の、長い、長い、年月を、いのちの、最前線で、過ごすことに、なる。あのとき、選択肢が、なかったからこそ、彼は、この世界の、扉を、くぐった。追い詰められて、入った場所が、やがて、彼に、最も、深いものを、教えることになる。人生とは、わからない。谷の、底にこそ、いちばん、大切なものが、待っていた。
生かされて、今を、存在する。
「三日、持つかどうか」と言われた、あの面接と、選択肢のないまま、五十六歳でいのちの最前線に立った、あの日のことを、四十年後の今、自分は、確かに、覚えている。
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