第五章・いのちの時代 連載第百三話 トランスポーター

東京に、戻ったのは、三月の、末だった。
子どもたちの、進級に、間に合わせるための、帰京だった。けれど、職は、なかった。再就職までの、猶予は、半年。一家、六人を、抱えて、彼は、悩んだ。この大所帯を、路頭に、迷わせるのか、と。実家は、広かった。けれど、運び込んだ家財で、家じゅうが、段ボールの山に、なっていた。その山を、片づけるだけで、半月以上が、かかった。
本当に、幸運だった。その年の、十月。彼は、ひとつの、職を、得る。
メルセデス・ベンツ日本。その、商用車部門が、ちょうど、立ち上がるところで、人を、採っていた。彼は、そこに、ひっかかった。何とか、食いつなぐことが、できた。職が、あって、助かった。それが、正直な、気持ちだった。
彼が、手掛けたのは、二トン車だった。トランスポーター、と、呼ばれていた。
その車を、前にしたとき、彼は、奇妙な、めぐり合わせに、気づく。
日産時代。あの、高規格救急車を、作ったとき。最初に、ベースとして、使われたのが——ほかでもない、このベンツの、二トン車の、旧型だったのだ。
その旧型は、評判が、よくなかった。車体が、重すぎた。日本の、坂道で、自重に、負けて、登らない。救急隊員が、後ろから、押した——そんな、嘘みたいな、実話まで、残っているほどだった。
日産にいた頃、彼は、まさに、その弱みを、売りにしていた。ベンツは、坂を、登らない。だから、日産の、救急車を。そう言って、競り合っていた。
それが、どうだ。
今度は、彼が、その、ベンツを、売る側に、回っている。かつて、叩いていた、相手の車を。生活のために。家族のために。
そんな日が、来るとは、思いもよらなかった。
人生とは、わからない。あれほど、攻めていた相手の、ふところに、自分が、入っている。立場が、ひっくり返る。攻守が、入れ替わる。彼は、その皮肉を、噛みしめながら、トランスポーターの、カタログを、めくった。
その時、彼の胸に、筒田先生の、言葉が、よみがえった。
師は、こう、諭された。どんなに、喧嘩しても、相手を、切るな、と。
いつ、敵対した相手が、また、味方に、回るか、わからない。若いときは、一時の感情が、すべてを、決めてしまう。憎い、許せない、二度と顔も見たくない——その勢いで、縁を、断ち切ってしまう。けれど、と、先生は、言われた。年を重ね、経験を積んだ者は、知っている。どんなに、どうしようもない相手であっても、決して、切るな、と。それは、師が、自らの、長い人生で、身をもって、学ばれた、ことだった。
その教えが、今、目の前で、形になっていた。
日産で、ベンツを、叩いていた。けれど、切ってはいなかった。だからこそ、今、その相手の、ふところで、職を得て、家族を、養えている。あのとき、相手を、完膚なきまでに、切り捨てていたら——この道は、なかった。攻めることと、切ることは、違う。競うことと、断つことは、違う。筒田先生の、言葉の意味が、トランスポーターの、ハンドルの向こうで、静かに、腑に落ちた。
ベンツの、弱みは、ほかにも、たくさんあった。彼には、それが、見えていた。かつて、叩く側に、いたからこそ、わかった。けれど、今は、その車を、売らねばならない。弱みを、知りながら、長所を、語る。それが、仕事だった。
結局——ベンツの、商用車は、十年ほどで、日本から、撤退することになる。
あのとき、彼が、感じていた、弱み。それは、気のせいでは、なかった。市場が、それを、見抜いた。彼が、日産で、攻めていた、その急所は、最後まで、ベンツの、急所で、あり続けたのだ。
四十年後の今、振り返って、思う。
攻める側から、守る側へ。叩く相手の、車を、売る。それは、屈辱だったか。否、と、彼は、思う。それは、人生が、彼に、見せた、ひとつの、景色だった。同じ車を、攻める目と、売る目の、両方で、見た者は、そう、多くはない。立場が、変われば、世界の、見え方が、変わる。その、当たり前の、けれど、深い、真実を、彼は、トランスポーターの、ハンドルの、向こうに、見ていた。
生かされて、今を、存在する。
かつて日産で叩いていた、あのベンツの二トン車を、今度は売る側に回って手掛けた、あの奇妙なめぐり合わせを、四十年後の今、自分は、確かに、覚えている。
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