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至誠の覚醒 連載 第四十九話 希 望 と 配 属 と 、 一 人 の 課 長

至誠の覚醒 連載 第四十九話 希 望 と 配 属 と 、 一 人 の 課 長

第 二 章 ・ 社 会 の 時 代
第 四 十 九 話

二年の約束

― 希 望 と 配 属 と 、 一 人 の 課 長 ―

入社前、希望していた配属先は、海外事業部だった。

とくに緻密な計画があってのことではない。外の世界が見てみたかった、というほうが近い。戦後の復興を抜けて、日本という国が世界の中でようやく自分の足で立ち始めた時代である。若い自分は、日本の外から日本を見てみたいという、ただそれだけの動機を胸に、面接の席で海外事業部の名前を出した。

世界地図の上に、日産の車が走っていく——そういう景色に、素直に憧れた。

どの国、という具体性はなかった。ヨーロッパなのか、アメリカなのか、東南アジアなのか、中東なのか——地理的なことはよく知らないまま、ただ「海外」という二文字に、若さがまっすぐに吸い寄せられていた。

◇ ◇ ◇

配属の通知を受け取ったとき、そこに書かれていたのは、生産管理部だった。

海外事業部、ではなかった。

一瞬、紙の文字を読み違えたかと思った。二度目に読んでも、同じだった。

失望、というほど強い感情ではなかったと思う。もう少し静かな、困惑に近いものだった。自分が思い描いていた景色と、紙に書かれた現実の配属先とが、うまく一つに重ならない。重ならないまま、それでも出社の日は近づいてくる。若い自分は、その重ならなさを抱えたまま、工場の門をくぐった。

フォークリフトの仕事が回ってきたのは、そのあとの話である。

◇ ◇ ◇

小山課長と向き合ったときの空気を、今もうっすらと覚えている。

場所の細部はもう輪郭が薄い。机の向こうだったのか、別の部屋だったのか、そこはあいまいである。ただ、空気だけが残っている。窓から差し込んでくる午後の光の感じ、壁の近さ、誰かが通り過ぎていく気配、そしてその気配が去ったあとの、ふっと静まり返る一呼吸——そういったものだけが、体の古い記憶の底に沈んでいる。

課長は多くを語らない人だった。

言葉を選ぶのではなく、言葉を減らす人、という感じだった。部下を叱るときも、褒めるときも、声の大きさはほとんど変わらない。そういう人が、若い自分の前で、いつもより少しだけ長く目を合わせた。

二年、ここで真面目に働いてみてくれ。

そういう意味のことを、課長は言った。正確にどういう言い回しだったかは、もう思い出せない。強い命令ではなかった。上司らしい説教でもなかった。ただ、一人の年長者が、自分より若い者に、静かに頼みごとをする——そういう口調だった。

自分は、はい、と応えた。

それ以外の返事は、その場の空気の中には存在しなかった。逆らう気持ちがなかったわけではない。海外に行きたかった気持ちは、まだ胸の底に残っていた。しかし、課長のあの静かな声の前では、その残り火はとても小さく見えた。小さいまま、ひとまず脇に置くのが、その場での自然な身の処し方だった。

◇ ◇ ◇

その「はい」は、何の書類にもならなかった。

契約ではない。誓約でもない。握手さえ交わしていない。ただ、一言の「はい」が、午後の光の中で交わされただけだった。

しかし、あの一瞬の「はい」は、若い自分の中で、小さな楔になった。

そのあと、フォークリフトの机の上でどんなに仕様が複雑でも、どんなに計画が立て込んでも、海外事業部に移りたいという気持ちを表に出すことはなかった。出さない、と決めたのではない。出せなくなっていた、というほうが近い。課長との短いやりとりが、自分の中で静かな自己拘束として働いていたのである。

二年、というのは、妙な長さである。

人を縛りつけておくには短い。しかし、一つの仕事に根を下ろすには、ちょうど十分な長さなのである。半年では仕事の全貌が見えない。一年でようやく回り方がわかる。二年目に入って、初めて自分の判断で計画が組めるようになる。二年という区切りは、課長がそれを意識して出した数字だったのか、たまたまそうなったのかはわからない。しかし、結果としてその二年は、自分に一つの根を生やす時間になった。

◇ ◇ ◇

のちに振り返ると、不思議なことが見えてくる。

もし自分が希望通り海外事業部に行っていたら、あのフォークリフトの机の上で身につけた感覚——見えない現場を想像する習慣、三か月先の時間を今日の紙の上で動かす感覚——は、身についていなかっただろう。海外事業部には海外事業部の学びがあったはずだが、それは別の学びである。自分の骨を作ったのは、結局、配属されなかった希望ではなく、配属された現場のほうだった。

若いころの希望が叶わなかったことは、ときに、あとになってありがたく見えることがある。

これは、叶わなかった者の後付けの慰めではない。実際に、叶わなかった側の道を歩いてみて、そこに落ちていた宝のほうが、最初に欲しかったものよりも、自分に合っていたと気づく——そういうことが、人生には時々ある。フォークリフトの机の上は、まさにそういう場所だった。

小山課長がその見通しを持ってあの言葉を発したのかどうかは、わからない。

おそらく、そこまでの戦略的な意図はなかったと思う。ただ、目の前の若造を二年間しっかり働かせたい、という職場の長としての自然な判断だったのだろう。しかし、その自然な判断が、結果として一人の若者の生涯の骨格に関わった。人が他人の人生に及ぼす影響というのは、いつもそういう地味な形で起こる。本人たちは、その場では何も大きなことをしていないつもりで。

◇ ◇ ◇

約束、という言葉は、大袈裟である。

あれは約束というほど明確なものではなかった。しかし、何もなかったとも言えない。書類にも残らず、名前もつかないまま、一人の若者と一人の課長のあいだで、午後の光の中に小さな了解だけが成立した——そういう種類の取り決めだった。

そして、その名前のない取り決めのほうが、書類になった約束よりも、ずっと深く効くのである。

書類の約束は、期限が来れば自然に終わる。しかし、午後の光の中で交わされた「はい」は、期限が来ても終わらない。二年が過ぎたあとも、自分の背骨のどこかに残り続けて、別の場面で、別の顔をして、また現れる。人と真面目に向き合う、ということの意味を、自分は小山課長から教わったのだと思う。言葉ではなく、あの一度きりの短いやりとりの空気で。

◆ ◆ ◆

小山課長の顔は、もう曖昧になっている。

半世紀以上が経った今、写真を見返しても、記憶の中のあの人と、写真の中のあの人とが、ぴたりとは重ならない。人の顔というのは、時間が経つと、そういうふうに少しずつ遠ざかっていくものらしい。

それでも、あの午後の光だけは、消えない。

差し込み方の角度、空気の温度、短い沈黙の重さ——それらは、顔よりもはっきりと残っている。人の一生の中で、ほんとうに残るものは、顔でも名前でもなく、そういう名前のない空気のほうなのかもしれない。

二年、と言われた若い日の自分は、そのあと、ずいぶん長い時間を働くことになった。

しかし、その長い時間のいちばん奥には、いつも、あの午後の「はい」が座っている。座ったまま、動かない。

(つづく) R080427
― 姓 名 科 学 の 殿 堂 ―
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