【令和8年3月14日】高市総理、防衛大卒業式訓示:日本を、散華した魂を正しく讃えられる「普通の国」へ

本日、令和8年3月14日、防衛大学校の卒業式が挙行されました。
日本初の女性総理として、自衛隊最高指揮官の任に当たる高市早苗総理大臣が登壇。凛々しく旅立つ卒業生たちへ、万感の思いを込めた訓示を述べました。

1. 「事に臨んでは危険を顧みず」――その覚悟を国はどう受け止めるか

高市総理は、自衛官が任官時に行う**「宣誓」**を引用しました。

「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の信託にこたえる」

自衛官は、いざという時にその身を国に捧げる覚悟を誓います。
私は、東京郷友連盟の活動を通じ、現場を退官された方々から多くの話を伺ってきました。彼らの覚悟は、決して言葉だけのものではありません。

しかし、今の日本は、彼らが国のためにその命を捧げた(散華した)とき、国家としてその功績を後世まで正しく讃える体制が整っているでしょうか。「散華した魂を靖国神社で祀り、国を挙げてその命を讃える」。この当たり前のことが議論の対象となってしまう歪んだ現状を、私たちは正していかねばなりません。

2. 緊急事態:中東の戦火と自衛隊派遣のリスク

今、世界情勢は激変しています。中東での戦火が拡大する中、日本に対しても自衛隊の派遣要請がなされる可能性が極めて高まっています。しかし、ここで大きな問題が立ちはだかります。

現状の憲法、そして「平時の法律」に縛られたまま自衛官を派遣することは、彼らを**「法的に丸腰」の状態で戦場に送る**ことを意味します。
「相手が撃つまで撃てない」「正当防衛でなければ武器を使えない」という平時法の論理では、プロの戦闘集団がひしめく戦地において、隊員の命がいくらあっても足りません。

憲法改正を待つ猶予がないのであれば、閣議決定を含めたあらゆる手段を講じ、自衛官が自分の命を守り、任務を完遂できるよう、超法規的であっても実戦に即した法整備を急ぐべきです。現場の自衛官に「法的な無理」を押し付けることこそ、政治の無責任です。

3. 「戦後体制」からの脱却:日本人による憲法の護持を

高市総理が「万全の環境で勤務に当たることができるよう全力を尽くす」と述べた言葉。これを実現するためには、戦後、米国によって占領下で作られた憲法を金科玉条とするのではなく、日本人自らの手によって、日本の歴史・伝統・独立を守るための「真の憲法」を打ち立てることが不可欠です。

「普通の国」として、自国を自ら守り、命を賭して戦う人々を国が法と名誉で守り抜く。そのためには、戦後体制そのものの刷新が求められています。

【ブログ作者私見】――「無知」と「悪意」の連鎖を断ち切れ

私は東京郷友連盟の先輩方から、日本の安全保障がいかに薄氷の上に立っているかを学び続けています。そこで感じるのは、自衛官に「頑張れ」と言いながら、彼らが戦地で自分の命を守るための「法的な盾」を与えず、万が一の際に彼らを讃える「靖国」という場所すら曖昧にする、この国の不誠実さです。

それ以上に私が強い怒りを感じるのは、日本国内に潜む「日本人を結果的に丸腰で戦地に送り出そうとしている」輩の存在です。

憲法改正に反対し、緊急時の法整備を「徴兵制への道だ」「軍靴の音が聞こえる」などと的外れな批判で妨害する者たち。彼らの言動は、結果として日本の防衛力を削ぎ落とし、日本をせん滅させようとする勢力に加担しているようにしか見えません。

彼らは、自分たちの言葉が自衛官の命を危険にさらし、国を滅ぼしかねないことを「知っていて」やっているのか、それとも江崎道朗先生が仰る「役に立つ馬鹿(デュープス)」として、知らずに敵の手先を演じているのか。その真意はわかりませんが、どちらにせよこれ以上の不作為は許されません。

「平和を愛する」と語りながら、命を懸けて平和を守る人々を法的に縛り、死に追いやる。この「おバカさん」たちには、一刻も早く国際社会の冷徹な現実に目覚めてもらいたい。

高市総理は、自らも隊員と同じ宣誓の精神で職務に当たると語りました。政治がなすべきは、彼らが誇りを持って戦い、そして生きて帰れる環境を作ること。そして、万が一の際にはその名誉を国家として永久に保証することです。

卒業生の皆様の門出を祝すと同時に、彼らが報われる日本国であることを、共に目指していきましょう。

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中東の危機が迫る今、自衛官を「平時法」で戦地に送ってはならない。国内で足を引っ張る勢力の欺瞞を暴き、靖国と自主憲法を確立する。現場の声を知る東京郷友連盟の一員として、国家の不作為を問います。
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