【イラン激震】ハメネイ師死去。だが、真の悲劇は「体制の継続」でも「崩壊」でもない
イラン国営テレビが、衝撃的なニュースを報じました。
米軍とイスラエル軍の軍事攻撃により、1989年から37年近く国家の頂点に君臨してきた最高指導者、アリ・ハメネイ師(86)が死亡したというのです。
カリスマ的指導者の死。メディアでは「国民は歓喜に沸いている」「いや、悲しみに暮れている」と情報が錯綜していますが、私たちはそこにある「感情」以上に、もっと冷徹な「構造」に目を向ける必要があります。
結論から言えば、トップがいなくなったところで、イランが明日から健全な民主国家に生まれ変わることはまずあり得ません。
「集中的収奪」から「分散型収奪」へ
多くの人は「独裁者が倒れれば自由が来る」と信じたがります。しかし、現実はそう甘くありません。
イランの社会構造は、アケメネス朝以来の**「集中的収奪国家」**です。
例えば、イランの水ビジネス。これは革命防衛隊配下の、いわゆる「ウォーターマフィア」が独占しています。
想像してみてください。ハメネイ師が死んだからといって、彼らが突然、
「今日からはイラン国民のために、公平に水を分け与えよう!」
などと考え直すでしょうか?
答えは「否」です。
利権を握る勢力が存在する限り、トップが消えた後に起こるのは「解放」ではなく、**「収奪の分散化」**に過ぎません。一人の巨大な独裁者が搾取していたシステムが、複数の勢力による椅子取りゲームへと変貌するだけなのです。
なぜ「民主主義」が機能しないのか
プーチン大統領はかつて「イランは2500年前から続く国だ」と述べましたが、これはアケメネス朝からの系譜を指しているのでしょう。しかし、その長い歴史の中で、イランは一度も**「封建制度」を経験していません。**
封建制度とは、いわば「権力の分散」のトレーニング期間です。
これを受け入れた経験がない土壌では、議会制民主主義を接ぎ木しても、真っ当に根を張ることはありません。
トップが変わるだけ: 別の「強い誰か」が再び集中的に収奪を始める。
権力の空白: 複数の勢力が利権を奪い合い、果てしない殺し合いが始まる。
結局、この二択のループから抜け出す術を、今の文明は持っていないのです。
救われない文明のゆくえ
「悪の親玉を倒せば世界は平和になる」というハリウッド映画のような展開は、現実の地政学には存在しません。
ハメネイ師の死は、一つの時代の終わりではありますが、それは同時に「無秩序な収奪時代」の幕開けである可能性が高いと言えます。誰が殺されようとも、歴史的背景を無視した「健全な民主制」が突如として現れることはありません。
人類の文明が積み上げてきた「収奪のシステム」は、かくも強固で、救いようがないものなのかもしれません。私たちは今、その残酷な転換点を目の当たりにしています。
今回の記事を読んで、あなたは「権力」と「歴史」の関わりについてどう考えましたか?
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