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●欧米人と日本人で大きく異なる衛生感覚

●欧米人と日本人で大きく異なる衛生感覚
利権の本丸に攻め入る前に、小さな疑問を片づけておきたい。スッキリと本筋だけを理解したい読者はこの項目を飛ばしても問題はない。なぜならここからしばらくは、「どうしてペットボトルのリサイクルが上手くいかないのか」という理由を整理しておくためだからである。
ヨーロッパの一部の国では、一度使ったペットボトルを工場で洗って繰り返し使うことも行われている。盲目的ヨーロッパ信奉派の人は日本でも同じようにすべきと言う。しかし、日本では到底無理だ。その理由は簡単で、日本人が清潔好きだからである。
ヨーロッパ人やアメリカ人は合理的な考え方を持っていて、繰り返し使うペットボトルの見かけが汚くなっても平気だ。極端な場合には洗っても溶けないチューインガムのようなものが入っていても「消毒してあるから大丈夫」という考え方をする。
しかし、日本人は違う。いくら消毒してあってもペットボトルが汚れているお茶を買う気はしない。これはヨーロッパ人と日本人のどちらが正しいということではない。このような感覚は国民性である。良い悪いの問題ではない。
日本のホテルには例外なくスリッパが置いてあるが、ヨーロッパやアメリカのホテルには例外なくスリッパがない。
ヨーロッパ人は、ホテルで風呂に入ったらベッドに行くまで靴を履くのだろうか。そんなことはないだろうと思うが、スリッパがなければ履くものは靴しかない。裸足で靴を履くのは嫌だし、まして風呂に入ったばかりなのに、半分濡れた足を靴に突っ込む気は起こらない。どうしているのだろうか。
ある時、外国人の女性に、「ホテルでお風呂に入ってベッドに行くまでにどうしているの?」と訊いてみた。「なんで、そんなことを訊くの?」と言うから訳を話した。すると次のような答えが返ってきた。
「何言っているの。裸足で歩くわよ。だって、足の裏にばい菌がついても膝まで上がってこないじゃない!」
確かに言われてみればそうである。足の裏が汚れてもその汚れが上まで上がってくることはないだろう。そう言えば、昔、アメリカの映画を観ていたら、女優が石鹸の泡を体中に付けたままでお風呂から上がり、バスタオルで泡を拭いていた。一緒の男性は靴を履いたままベッドでひっくり返っていた。
彼らは我々と感覚が違うのである。我々は風呂から出る時には石鹸は綺麗に洗い落とす。少しでも体に石鹸の泡が付いていたら何となく気持ちが悪い。また、足の裏が汚くなるのは全身が汚れるのと同じである。だから日本人はペットボトルを何回も使うことはできない。家族や友達が使ったのなら良いが、見ず知らずの人が飲んだペットボトルをいくら消毒しているからといってもそのまま再利用することは気持ちが悪い。それなら飲まない方が良い。それが日本人の感覚である。

『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』武田邦彦 洋泉社刊 2007年
20230709

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