「考える脳」と「受け入れる脳」
先日、ある独身の女優さんにお会いしたときに、こんなアドバイスをしました。
「今のままでは、人生はひとつだけですよ。結婚したら、別の人間と暮らすわけだから、人生は2倍になりますよ」
結婚のカタチはどうでもいいのです。別の人間と暮らすということが大事なんですね。なぜなら夫婦生活では、自分の正しさと相手の正しさが、常にぶつかるのですから。
「喧嘩しなさい」と言っているわけではありません。別の「正しさ」があることを知る絶好の機会だと申し上げているのです。結婚生活は、相手の考えを自分の中に取り込むチャンスなのです。それができれば、単純計算で、あなたの人生は2倍になります。
難しいと思うかもしれませんが、脳を2つに分けるイメージをしてください。
半分の脳は、「考える脳」です。今まで通り、自分の考えを追求してください。もうひとつの脳は「受け入れる脳」です。とことん人の話を聞くのです。自分の意見と同じか違うかなんて、関係ありません。相手が何を言っているのか、そのことのみを理解しようと努めるのです。
私が「ああ、そうですか」「なるほど」と相槌を打ちながら話を聞いていると、それを見ていて驚く人がいます。
「相手が言っていることは、武田さんがいつも言っていることと違うじゃないですか!」
「違いますね 」と認めると、「なんで認めるのですか」と怪訝(けげん)な顔をします。
これは「正しい」を巡る勘違いなのです。
私は人の話を聞いているときに、「受け入れる脳」に入れているだけなのです。自分と違う意見はなおさら、じっくり拝聴します。もちろん、きちんと理解するためです。
たくさんの考え方―――「正しさ」と言い換えてもいいです が―――を受け入れるということは、それだけ自分の人生が広がるということです。結果的に、2倍にも、3倍にもなるでしょう。
「受け入れる脳」を持つことは、ヨーロッパ的な利己的な正義や、日本に蔓延する空気的正義に対しての、対抗手段にもなります。自分が「正しい」と信じ込まされてきてしまったことに対し、他人の「正しさ」を受け入れることは、盲信してきた「誤った正しさ」を正すきっかけになります。
さあ、そのままの人生と、2倍以上の人生、あなたならどちらを選びますか?
強制はしません。私は、「受け入れるほうがきっと楽しいですよ」と思うだけです。そして、この講義の最終目的も、そこにあるのです。
この本は、私が10年近く講義をしてきた大学での「工学倫理」を元に、小学館が運営しているネット放送「ガリレオ放談」で展開し、多くの方のご協力で完成にいたったものです。放送では上田千春さん、書籍では角山祥道さん、そして全体のレベルアップに小学館の和阪直之さんに格別のご支援を頂きました。ここに深く感謝します。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より
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