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日本はすぐにでも核武装できる

北朝鮮は原爆を保有しているということで、アメリカや日本など、世界中から非難されていますが、北朝鮮が原爆開発を始めるときにまずやったことは、ソ連(現ロシア) から、原子炉を買うことでした。ここからプルトニウムを抽出して、プルトニウム型原爆を作ったわけです。
原子炉の大きさと、稼働年数さえわかれば、専門家にとって、核爆弾がいくつ作れるかということを計算するのは難しくありません。以前、テレビ番組に呼ばれて「北朝鮮はいくつ原爆を持っているのか」と聞かれ、「約10個でしょう」と答えたのですが、実際、アメリカも「4ー12発だろう」と発表しています。誰が計算しても、ほぼ同じなのです。
いまでは、原爆の作り方が公開されていますから、濃縮ウランやプルトニウムさえ手に入れれば、作るのは簡単なのです。ということは、日本でも簡単にできるということです。
こんなことを言うと、「日本には軽水炉しかないじゃないか」と反論する方がいます。だから「日本では原爆は作れない」と。
確かに日本の原発のすべてが、軽水炉です、原発は、重水炉や黒鉛炉などいろいろな方式があるのですが、これまで「軽水炉ではプルトニウムを生成しづらく、核兵器開発への転用は難しい」と言われていました。インドも、いま問題になっているイランも、重水炉から原爆を作っています。とはいえ軽水炉だから原爆が作れないなんて、専門家は口にしません。なぜなら、そんなこと、とうの昔に技術的に克服してしまっているのですから。
核抑止力、という言い方が一般的にされています。私はそうは思わないのですが、世間では「核抑止力は防衛能力がある」とされています。
そう考えますと、日本の近隣諸国i 中国、北朝鮮、じゃあロシアは核を保有しています。
日本はどうするのか、という議論は当然あります。防衛、という問題を語るならば、核はいるのかいらないのか、という検討は避けて通れません。
私は以前、日本原子力学会平和利用特賞という賞をもらったのですが、その後、日本の政府の中枢の人たちに会うと、必ずこう言われたものです。
「武田先生の方法は平和利用ですから、ちょっとね……」
日本の中枢部は、原子力発電所を使って、電気を作りたいのか、核兵器を作りたいのか、実はよくわからないのです。核武装シミュレーションだって実はできているのです。
紙上でシミュレーションしてみましょう。
まず、原子力発電所を電力生産用ではなく、プルトニウム生産用に切り替えます。これはすぐにできます。そしてそれを、青森の六ヶ所村にある六ヶ所再処理工場に持っていきます。実は六ヶ所再処理工場では、プルトニウムだけ抽出できるようになっているのです。あとは、それを爆弾にすればいいのですから簡単です。
イランが重水炉を持ったからと非難されるぐらいです。日本も世界から見たら「いつでも核武装できる」と思われているのです。日本人は、「非核三原則」を信じていますが、外国から見れば、おそらく、すでに日本は「核武装した国」なのです。
では、日本はいったいいくつ「核爆弾」を保有しているといえるでしょうか。
北朝鮮の原子炉は、日本の原子炉の規模の約30分の1です。それを2基保有し、10発程度の核爆弾を作ったとされています。日本は約50基(福島第一原発1ー4号機以外)の原発を有していますから、その能力で考えていくと、だいたい2000発はゆうに持てます。
要するに、核を持つか持たないかということは、装置で決まっているのではないのです。その国の「意思」そこの差だけですね。で決まります。何を「正しい」と考えるか、いま日本では、原発をこのまま維持するのか、それともやめるのか、国民を二分する議論が
起こっています。この議論はいままで見てきたことからもおわかりのように、エネルギー問題ではありません。なぜなら、石油や天然ガスなどの埋蔵量から見ても、原発を稼働する理由は見当たらないのですから。
では、なぜ維持しようとするのでしょうか。
それは、核武装したいからです。原発はそのまま、核爆弾に簡単に転化できるのです。いざというときに、核爆弾を持ちたい。これが、これまで日本の中枢が考えてきたことなのです。
だからこそ、多額の税金を投じてまで、原発を維持してきたのです。
私はあるテレビ番組で、こんな話をしました。
「原発の再稼働問題は核兵器の保有問題として強く結びついています。核武装したいのか、それともしなくていいのか。この議論抜きには、原発問題をきちっとすることはできません」
視聴者からは反響が大きかったようです。中には、「武田は越権だ!」という意見があって、驚きました。「核兵器を持つかどうかは、政府が判断し国民に提示し、それに対して、国民は文旬を言ったり、賛成したりするものであって、国民の側から、核兵器について大それたことを言うのは何だ」と、こう言うわけです。民主主義というのは、お上が決めたことに対し、反対したり賛成したりするシステムではありません。原発を維持するかどうか。これは、電力の問題ではなく、実は、核武装をするかしないか、という軍事の問題だったのです。
では自国が核武装することは正しいでしょうか? 正しくないでしょうか?
いろいろな人に聞いてみた私の感触ですと、最近は中国の進出や、北朝鮮問題などで、核武装に賛成する人が増えています。3割ぐらいでしょうか。とはいえ、その場合、原発問題を電力問題とすり替えて議論するのではなく、軍事問題として議論をしなければなりません。
原子爆弾に対する「正しさ」の感覚も、時代によって変化するということなのでしょう。言い換えれば、「正しさ」は歴史の中で常に変化しているのです。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より

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