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序章 日本の滅ぶ音がする     浦塩とは何?

序章 日本の滅ぶ音がする
浦塩とは何?
一昨年、私は『日本人が知ってはならない歴史」(朱鳥社)という、ささやかな本を出しました。日露戦争の勝利までを扱いました。
韓国併合は当然に書きました。極端に要言すれば、大韓帝国の消滅は韓国人が自ら招いた結果であり、日本帝国主義のせいだとする歴史認識は先祖への冒漬だというにあります。韓国人の志士たちの血涙を無視するからです。付言すれば、韓国は日本と英米の影に入ったから生存できたのであり、日露戦争で日本が敗北していれば、日本はもとより韓国も消滅していたと観ずるのが歴史の常識だと、私は確信しています。朝鮮の志士も同じ覚悟だったのです。

日本の年間平均気温は約十五度です。日本のように緯度の高い国にして、これは異常に温暖な風土です。
ドイツやイギリスと同じような高緯度の北海道は、日本の穀倉地帯です。イネ(稲)というのは、亜熱帯の植物です。帝政ロシアの食指は、日本を蜜の流れる地としてウラジオストックを建設させたのでした。日本人は呑気に「浦塩」などと表記しましたが、ロシア語では「極東を征服せよ」なのです。極東とは日本です。太平洋国家たらんとしていたロシアの攻勢終末点は日本にほかなりません。日本列島がロシア領になっていたならば、日
本人も韓国人も無数の骸(むくろ)をツンドラ(凍土)に曝していたに違いありません。

これを救ったのは、ほかならぬ日露戦争の日本の勝利でした。
しかし、勝利した日本人は、勝利という過度の安心感の中でユーフォリズム(陶酔)に陥り、国家的な理性を狂わせるにいたりました。
満洲は満洲族の故郷であって、支那の領土であった歴史はありません。例えば万里の長城は、蒙古や満洲に備える国境の城塞にほかなりません。満洲族が支那を支配したのが清国です。その逆ではありません。
清国末には、支那人の大官は清朝を裏切り、ロシアの圧力と誘惑に屈して満洲をロシアに売却していたのです。これをカシーニ密約(露清密約 一八九六 明治二十九年五月二
十二日ほか )と言います。ロシアが李鴻章(リコウショウ)に渡した賄賂は莫大な金額だったと言われます。
今日、李鴻章の子孫は名を変えて、富豪としてアメリカで生活していると聞きます。
密約などといっても、列強の諜報網が知らずにいる筈がありません。ドイツは密約暴露を脅しに使って膠州湾(コウシュウワン)を租借地にします。フランスは広州湾を租借地にします。ロシアは さらに、東清鉄道の敷設権を得て遼東半島(リャオトンハントウ)を租借地にします。イギリスは、威海衛(イカイエイ)を租借地にします。まさに清国は生体解剖の憂き目に遭ったわけです。これは日消戦争に敗北した清国自身が採った以夷制夷(イイセイイ)借刀殺人の術策(三国干渉)が招いた結果だったのですが、日本はこの状況が全体として何を意味しているのかを徹底的に分析・理解していたとは思えないのが、歴史の痛恨事です。
日露戦争はロシア主権下の満洲を舞台にした戦争だったわけです。
開戦の直前にロシア帝国は満洲全土に戒厳令を布告します。戒厳令の布告とは、自国主権の地であるという宣言にほかなりません。だから、ロシアの側から言えば、日本が侵略して来たから日露戦争になったという「論理」になるわけです。ャルタ会談でスターリンは、この「論理」をルーズベルトに明言しているではありませんか。
第二次世界大戦後の世界体制を密約したのがヤルタ密約なのですが、一昨年(平成十七年)五月のラトビアの首都リガでのブッシュ演説の衝撃的な意味について触れた言説が極端に微弱なのが、日本の言論世界なのです。
ブッシュ大統領はルーズベルトを否定したのです。バルト三国や東ヨーロッパの悲劇はャルタ密約に発していると演説して、翌日にブッシュはクレムリンの壇上に立っていたのでした。わが小泉首相も並んでいましたが、首相の胸中に去来したものは何だったのでしょうか。対独戦勝利六十周年の式典の席でした。

日露戦争の講和会議において、ロシアは領土割譲・賠償金支払いを全面的に拒否し、戦場での敗北も認めようとはしませんでした。南樺太の割譲はアメリカとフランスの圧力でしぶしぶロシアが認めたものです。
しかし、ロシアは満洲を去っていくのです。買収して得た満洲をロシアが去っていくという事実の意味を、日本は理解できませんでした。小村寿太郎外相たちは、満洲をロシアから引き継ぐには清国の同意が必要との「法律論」から、満洲鉄道の共同経営を申し出ていたアメリカとの条約(桂・ハリマン協定)を破棄してしまいました。
アメリカは怒り、ロシアも清国も表面的にはともかくとして心中ではあきれ、そして侮日の心情を湛えたのでした。「清国の同意が必要」との清国の申し出は、ロシアの指示で清国がしたものです。日本は犯罪的にナイーブでした。
昭和六年の満洲事変は、こうした満洲を舞台にして勃発したものでした。
歴史に「イフ・たら」はないと言いますが、本当でしょうか。私は、「イフ・たら」こそが歴史省察の原点だと思います。シミュレーションというのは「イフ・たら」を抜きにはあり得ません。日本人の歴史音痴は、根拠のない「イフ・たら」狩りに根ざしているように思えてなりません。
日本人が、満洲経営をアメリカと共同で進めていたとして、いくつかのシミュレーションを試みてみましょう。
『続日本人が知ってはならない歴史』若狭和朋著(2007年)

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