訪問介護の仕事が終わると、その先生のところで、様々な仕事を手伝いました。学生時代に行っていた塾の仕事の関連です。当時先生は、既に高齢になり、私が働いていた塾は閉じていらっしゃいました。奥様がお亡くなりになり、それまでは、聞いたこともないような、お話をよく伺いました。夜中に奥様のために仏壇に向かっていると、仏像の目がカット開き、歩いてこられる、などという話を聞かされました。
先生は陸軍士官学校で、終戦前は大津島(山口県周南市)で人間魚雷回天の要員として、訓練を受けていらっしゃったとのことで、90人いた同級生のうち、88人は戦死されたとのことでした。
終戦直前に、広島の原爆を目撃されていらっしゃいます。
この業界に入ると、様々な方にお会いすることができます。東京に来て、訪問介護員を務めていた時は、陸軍中野学校の卒業生や、呉港で戦艦大和の保全を行っていた方などにお話を伺えました。
先生はそんなことがあって、死んだ仲間のために東京で革命を起こすとお考えになり、塾を始めたと伺ったことがあります。マルクス経済学を学んだということは伺っていませんが、当時中核や核マルの活動家が周囲にいましたので、無神論者だったのかもしれません。
しかしながら、その先生が夜中に仏像の目が開き、こちらに歩いてこられる、と仰るのです。