◎ 男の性欲は「幻想」である ◎
一 小さな虫の、大きな作戦
付き合っていた彼女と何かの事情で別れた後も、「あんなに尽くしたのに」とか「あんなにプレゼントをあげたのに」などと悔しがったり、悩んだりしている学生がいる。
「でも、うまくいかなかったのは、君の作戦が未熟だったからだろう」と私は言う。
男と女、オスとメスの間には、もっともっと複雑で微妙な関係があって、作戦も立てずに突進すれば失敗する。人間ほど複雑でもない小さな虫のような生物でさえ、作戦を練り、涙ぐましい努力をしてメスに近づいているのだから。
ガガンボモドキという小さな昆虫がいる。体は小さいし、運動神経も鈍い。生き物の世界は弱肉強食だから、小さなガガンボモドキにとって、餌をとるのは大変なことだ。自分が生きるだけの餌をとるのも大変なのに、春になると、メスに贈るための極上の餌を手に入れなければならない。
一方で、ガガンボモドキのメスは実に図々しい。生殖の季節である春になると、自分では餌をとらず、ひたすらプレゼントを持ってくるオスを待つ。そしてオスが餌を持ってきたら、そのオスと交尾をして食料を手に入れるという方式である。しかもメスはなかなか贅沢で、その餌がどこでも手に入りそうだったり、不味そうだったりすると、まったく関心を示さない。
珍味やご馳走を贈ってくれたオスだけが交尾を許されるというのだから、実にドライである。相性やルックスなども気にしていないようで、プレゼントの質だけが、一途にメスの関心事である。
しかし、そこまではガガンボモドキ以外の生物にも普通に見られる生態である。オスがメスにプレゼントを差し出す代わりに思いを遂げる、ということは珍しくない。
驚くのは、ガガンボモドキのメスではなく、オスの方である。ガガンボモドキのオスは、繁殖期になると美人(?)のメスを獲得するために、苦労に苦労を重ねて入手したとびきりの餌(人間で言えば、ブランド物の宝石やバッグなど)を携えて、颯爽とメスのところに飛んでいく。これならどんなメスでも自分になびいてくれると、オスは信じているだろう。
果たせるかな、メスは素晴らしいプレゼントに即オーケー。無心で餌に飛びつくわけだが、その瞬間がオスのねらい所だ。
オスはメスにプレゼントを差し出すやいなや、メスが食べ終わる前にさっさと思いを遂げる。そして次の瞬間には、そのプレゼントの餌を持って飛び立つ。メスの方は散々である。気がついたら目の前にあったはずのご馳走は消えているし、どうも身体の方は……ということに気がつくのだが、時すでに遅し、というわけである。
その「甲斐性のあるオス」は、悠々とプレゼントを抱えて次のメスのところに飛んでいく。
かくして、運動神経のよいオスは一つのプレゼントを何回も使って複数のメスと交尾し、多くの子どもを残すことになる。
こうしたガガンボモドキの手練手管を見ると、つい新聞の三面記事を思い出してしまう。そういえば、こういうヤツが人間社会にもよくいるな……。
動物界のオスは、メスにプレゼントを贈ったり、クジャクやカモのように身をきれいに飾ったりして、何とかメスの気を引こうとする。子孫を残したいという目的はオスもメスも同じなのに、どうしてオスだけが苦労しなければならないのだろうか。
理由は簡単である。メスは子どもを産めるが、オスは産めない。だから何とかして、自分の子どもを産んでくれるメスを探さなければならない。理由はもう一つある。
メスは、体の中の卵子の数と自分の体力に限りがあるので、産める子どもの数が決まっている。それに対してオスは膨大な数の精子を出すので、一匹いれば何匹ものメスに子どもを産ませることができる。だから、オスはそれほど数はいらない。良い子どもを持つためには、より強いオスの方がよい。だから、甲斐性のあるオスだけが子どもを残す。
それが自然淘汰というものである。
だから、メスは身を飾り立てる必要がない。クジャクやカモのように身を飾るオス、サルやオットセイのように身を挺してハーレムを作り支配するオス、一夫一妻を守って家族のために餌をとり敵と戦うオス……。多くのオスが、ひたすら自分の子孫を残そうと必死になるのである。
『武田邦彦の科学的人生論』飯塚書店刊より R081101
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
おてんとうさまの下で
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
#牧正人史 #マシレ予測 #武田邦彦 ♯yymm77

