随想 先人を知るということ 久野潤先生の「正論」を読んで
随想 先人を知るということ
先人を「直接の後輩」として知る
久野潤先生の「正論」を読んで
2026年10月30日(金) | 随想 | 思索
去る10月25日、大國魂神社で執り行われた軍艦多摩戦歿者慰霊祭に参列した。直会の席で、日本経済大学准教授の久野潤先生と御縁をいただき、先生が昨年の大晦日に産経新聞「正論」欄に寄せた論稿「終戦80年と戦勝120年を超えて」を紹介していただいた。
論稿はこちらで読める。▶ 産経新聞「正論」(Web版)
一 「無謀な戦争」という定石を問い直す
先の大戦を語るとき、当時の政府・軍の首脳は精神論に支配され、合理的な判断ができずに無謀な戦争へ突き進んだ、とするのが定石になっている。久野先生はその定石を、「米国と戦えば負けると言われたら止めるのが当然」という発想も含めて、戦後の歴史観による思い込みではないかと問い直す。戦争を体験した四百人を超える人々に直接話を聞いてきた研究者の言葉だけに、重みがある。
総力戦研究所の報告や満鉄調査部の調査についても、慎重論が弾圧された話として片づけるのではなく、報告を受けた側がどう反応し得たか、政権の周辺で情報が意図して攪乱された可能性はなかったか、という角度から捉え直すよう提起している。結論を急がず、まず議論の俎上に載せよという姿勢である。
二 先人の暦の中に、身を置く
いちばん心に残ったのは結びだ。先人を異次元の存在として論じるのではなく、直接の後輩として知る努力をせよ。そのために先生は、元日の歳旦祭に始まり、八十年前まで日本人が当たり前に祝っていた祝祭日の行事に、できる限り参列しているという。先人が生きた暦の中に、自分の身を置いてみるのだ。
軍艦多摩の慰霊祭は、私にとって初めての神式の慰霊祭だった。祭儀の厳かさに身が引き締まった。東京郷友連盟の顧問から預かった雑誌『海と空』を奉納し、往時の多摩の姿を参列の皆さんと分かち合えたことも忘れがたい。
三 私たちの水準で、見つめ直す
東京郷友連盟は、戦歿者の慰霊顕彰を事業の柱の一つに掲げている。慰霊の場に立つたびに思う。祈りを捧げるだけでは足りない。戦歿者が何を思い、どんな時代を生きたのかを、自分たちの言葉で知り直さなければならない。
戦後の定説をそのまま受け取るのではなく、学者でも専門家でもない私たちの水準で、先の大東亜戦争を見つめ直す。その営みを、身近なところから地道に進める必要を、この論稿を読んで改めて強く感じている。
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