現地に立った者たち――北欧でプリウスが売れたこと
現地に立った者たち
――北欧でプリウスが売れたこと
2026年10月6日 | 随想 | 思索
北欧のタクシー会社が車両を全てハイブリッド車に入れ替えた、という話を読みました。氷点下二十度の町で、重いディーゼル車より日本の小さなエコカーのほうが確実に走る。そういう筋書きです。
物語としてはよくできています。ただ、私はそこに驚きを覚えませんでした。自動車の仕事を少しでも知る者からすると、これは事件ではなく、帰結だからです。
氷点下二十度は、日本の自動車メーカーにとって過酷な条件ではありません。もっと低い温度での動力評価は、ずっと前から当たり前に行われてきました。では、何を積み上げてきたのか。それを書いておきたいと思います。
一、社員が走ったサファリ
一九六三年、日産はサファリラリーに参戦を始めました。世界ラリー選手権が生まれるより前のことです。
当時、日本車は国際的にほとんど知られておらず、一流のドライバーと契約することもできませんでした。そこで誰が走ったか。実験部の社員です。監督も実験部の部長が務めました。宣伝のための参戦ではなく、自社の車が本当に壊れないかを、作った人間が自分の体で確かめに行ったのです。
一九七〇年には総合優勝に加え、クラス優勝とチーム優勝を同時に取りました。一九七九年から八二年にかけては四連覇しています。トヨタは一九八四年に初参戦して、いきなり優勝しました。
成績そのものより、見ておきたいのはその性格です。アフリカの道なき道を数千キロ走らせることは、試験室では絶対に出てこないデータを持ち帰る手段でした。ラリーは、広告ではなく耐久試験だったのです。
二、説明書は読まれない
若い頃、中近東向けのトラックの仕事に少しだけ関わったことがあります。開発の本体は、現地に住み込み、壊れた車を一台ずつ見て回る、地道で泥臭い仕事です。私はその端にいただけで、本当の苦労を担った人たちの仕事ぶりを、横から見ていたに過ぎません。それでも、そこで聞いた話は忘れられない。
最初に理解しなければならなかったのは、取扱説明書は読まれない、という前提でした。
識字率の問題があります。書いてあっても伝わらない。だから、積載制限も、交換時期も、無視されると考えておく必要があります。定員を超えて人が乗る。荷台に限界を超えて積む。整備は壊れてから行う。
ここで、使い方が間違っていると言っても仕方がありません。日本の常識を現地に持ち込んでも、現場は変わらない。ならば、その使い方に耐える車を出すしかない。
各社は実際にそうしてきました。現地でどう使われるかを調べ上げ、その使い方を前提に設計を変える。過積載を前提にした補強、整備されないことを前提にした余裕。カタログには出てきませんが、そこが生き残りの分かれ目になります。
三、キラキラしたものは丈夫である
面白いのは、見た目の話です。
欧州のメーカーがバンパーを樹脂にした車を中東に投入したことがありました。結果、熱で変形した。溶けたような姿になったものもあります。そこから、ある価値観が生まれました。
光っているものは金属であり、金属は丈夫である。
だから、きらきらしているほうが信用できる。
だから、きらきらしているほうが信用できる。
論理としては粗い。だが現地の人にとっては、炎天下で溶けた樹脂を見た経験のほうが確かなのです。日本のメーカーはこれを笑いませんでした。メッキのバンパーを付け、ステンレスのモールを回し、丈夫さが外から見て分かる姿にした。
これは、ごまかしではありません。相手が何を見て判断しているかを理解したうえで、その判断に応える形を与えるということです。
四、砂漠に立った設計者
ランドクルーザーの話をしたいと思います。
設計者が砂漠に立ち、そこで暮らす人々の住まいを見た。土の色をした家に、白い屋根。その風景に合う姿を、車に与えた。車体は土漠の色、屋根は白。
砂漠で沈まない船、と呼ばれるようになりました。その人気は今も根強く、ランドクルーザーを超える四輪駆動車は、どこからも出てきていません。
性能の話ではありません。性能だけなら、追いつける会社はあるはずです。追いつけないのは、現地に立った人間が持ち帰った観察が、設計の中に入っているからだと思います。これは図面からは読み取れませんし、数字にも出てきません。
五、積み重ねの帰結
寒冷地も同じです。氷点下二十度などは序の口で、もっと厳しい条件での動力評価が、何十年も続けられてきました。燃料が固まる温度、バッテリーが沈む温度、ゴムが硬くなる温度。全て実際に冷やして確かめています。
だから、北欧の冬で日本車が走ることは、新しい事件ではありません。サファリで社員が走り、中東で説明書の読まれ方を調べ、砂漠で住居の色を見てきた。その延長線上に、今の信頼があります。
ある朝、突然優れた車ができたわけではない。毎年、誰かがどこかの現場に立って、持ち帰った観察を一つずつ設計に入れてきた結果です。
六、太古から、同じことをしてきたのではないか
これは自動車に限った話ではないのかもしれない、とも思います。
遣唐使は、制度や経典を持ち帰るだけではなく、何がこの土地と暮らしに合うかを選り分けて入れました。律令は骨格を借りながら、実態に合わせて運用を変えています。出島の蘭学も、書物を訳すだけでなく、手に入れた器械を分解し、作り直して使いました。岩倉使節団に至っては、国の中枢がまるごと二年近く外に出て、各国の制度を自分の目で見て回っています。視察というより、国家規模の現地調査です。
和魂洋才という言葉は、よく精神論として語られます。だが実態は泥臭い作業だったと思います。入れるものを選び、合わない部分を直し、自分の形にするまで使い込む。どれも、現場に立たなければできません。
もっとも、外から学んで作り変えるのは日本だけの性質ではありません。ドイツも英国も、他国の技術を取り込んで自分のものにしてきました。中国の近年の電気自動車も、まさにそれをやっています。
日本に特徴があるとすれば、作り変える対象を、思想より先に「もの」に置いたことではないでしょうか。理屈で勝とうとせず、手に触れる形にして、使い心地で勝負する。溶けないバンパー、砂漠の色の車体、氷点下で動くシステム。どれも、議論ではなく現物で答えを出しています。
七、一つ、気がかりなこと
今は、現地に立たなくても分かることが増えました。シミュレーションの精度は上がり、データは世界中から集まる。開発の効率という点では、疑いなく進歩です。
しかし、識字率の低い地域で説明書がどう扱われるか、炎天下で溶けた樹脂を見た人が何を信じるようになるか、砂漠の家が何色をしているか。これらは、数字として上がってくるものではありません。誰かがそこに立って、違和感を覚えて、持ち帰ってくるしかない性質のものです。
その手間を省いたとき、積み上げは止まります。止まった瞬間には、誰も気づかない。気づくのは、十年後にどこかの国で負けたときです。
結び
北欧でハイブリッド車が選ばれた、という話を読むとき、私はそこに一台の車の優秀さよりも、六十年分の現地調査の影を見ます。
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おてんとうさまの下で
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#牧正人史 #マシレ予測 #プリウス #市場調査

