足さずに、戻す――矢田修という人の仕事
矢田修さん。大阪で接骨院を営んでこられた方です。
昭和三十四年、香川県生まれ。柔道整復師。
昭和五十五年、大阪市で矢田接骨院を開業。
昭和六十三年、教育・研究機関「キネティックフォーラム」を設立。
全国各地で勉強会を開き、トレーナーや治療家の指導にあたる。
現在、ロサンゼルス・ドジャースのパーソナルトレーナー(球団正式スタッフ)。
昨年のワールドシリーズ第六戦のあと、山本投手の治療にあたり、第七戦の当日にも状態を確認して、連投を後押ししたのがこの方でした。
その中身が、私には驚きでした。
ウエイトトレーニングに頼らないのです。
代わりに何をするのか。立つ、歩く、走る。 この三つの、身体が本来持っている自然な動きを取り戻す。それがこの方法の眼目だと説明されています。
ここで、向きが逆になっていることに気づきます。
欧米の鍛え方は、基本的に足し算です。重いものを持ち上げて筋肉を増やす。数字を測り、前より増えたかどうかで判断する。強くなるとは、何かが増えることだと考えます。
矢田さんのやり方は引き算に近い。持っていないものを付け足すのではなく、いつの間にか失ったものを取り戻す。
先生は僕を作った人です、と。
この短い一言を、私はしばらく考えていました。
普通、一流の選手は自分の力で今の場所まで来たと言いたがるものです。誰それの指導のおかげだと言えば、自分の手柄が減るような気がする。ましてや自分の先生を、他の選手に紹介したりはしません。
ところが矢田さんの指導は、チームメイトへ広がっています。ベッツ選手の名前が出てくるのが、その証拠です。
山本投手が抱え込まなかったということです。
プロの世界では、技術は隠すものです。自分だけが良くなりたいと思うのが当たり前で、それを責める人はいません。競争なのですから。
その常識を、二つのことが越えています。
一つは、方法そのものです。 筋肉を足して個人の能力を最大化する、という考え方に対して、立つ・歩く・走るへ戻れ、という教えが持ち込まれた。しかもそれが、大リーグの球団に正式採用されるところまで来ています。
もう一つは、それを独占しなかったことです。 自分を作ってくれた先生を、隣の選手に会わせる。日本から連れてきた治療家が、アメリカ人選手の身体を診る。
この二つ目のほうが、私には大きく見えます。
これらは、誰も練習したことのない動きです。赤ん坊のころに勝手に覚えて、そのまま一生使う。特別なことは何一つありません。
そこへ戻れ、という教えは、日本人には腑に落ちるところがあります。
武道の稽古を思い出してください。何十年やっても、やることは素振りであり、受け身であり、足の運びです。上達するとは、新しい技を増やすことではなく、いちばん基本の動きが本物になることだと教わります。
茶道でも書道でも、同じことを言われます。
この考え方は、どちらかといえば地味です。派手な数字も出ませんし、増えていく実感もありません。それでも、日本ではずっとそうやってきました。
そして今、その平凡な教えが、世界でいちばん筋力を信じてきた場所で受け入れられています。
ウエイトトレーニングには、ウエイトトレーニングの正しさがあります。あれで強くなった選手は、数えきれないほどいます。
私が申し上げたいのは、別のことです。
日本人が持っているものは、日本人だけのものではなかった、ということです。
矢田さんの理論は、日本人の身体に合うように作られたものではありません。人間の身体はどこの国でも同じですから、通じるところは通じる。現にアメリカの選手が受け入れています。
山本投手が先生を独占しなかったことも、同じ話だと思います。自分の国から持ってきたものを、自分たちだけのものにしなかった。
その方が持ち込んだのが、最新の機械でも、特別な薬でもなく、立ち方と歩き方だった。 ここに、私は静かな痛快さを感じています。
十月が近づいています。山本投手がまたマウンドに立つとき、その後ろには、大阪から来た六十六歳の方がいます。
あの方の仕事は、球速の表示には出てきません。けれど、投げ終わったあとの姿には出るのだろうと思います。

