日曜日という日はなかった――働くことについて
中でも忘れられないのが、城山観光を創業された保氏の言葉です。
その方が、こう言われました。
私はこの一言を、何かを築いた人に共通する感慨ではないかと思っています。
寝る時間が毎日四時間という日が、大学のころからずっと続いています。土日も祝日も、あまり休んだ覚えがありません。
誰かに強いられたわけではないのです。やりたいことがあって、気がつくと時間が過ぎている。 それだけのことです。
布団に入っても、やり残したことが頭に浮かんで眠れません。それなら起きて片づけてしまおう、となる。
報道がそれを繰り返し、経済界も足並みを揃えたように見えました。休暇を増やせ、残業を減らせ、という話ばかりになりました。
その流れ自体を、私は全部否定するつもりはありません。倒れるまで働かされる人がいるのは事実ですし、そういう職場は直さなければなりません。
ただ、あの言葉には、ずっと引っかかるものがありました。
あちらでは、働くことは基本的に罪だと考えられていると聞きます。楽園を追われた人間が、食べるために背負った償いである、と。だから休暇のために働く、という発想になる。
働くことを償いだと考える文化から見れば、長く働くのは異常に映るでしょう。
けれど、こちらはそうではありませんでした。働くことは、生きることの一部でした。日の出とともに畑へ出て、日が沈めば家へ帰る。時間を数えて働いていたのではなく、やることがあるから働いていた。
そもそも日曜日という区切りは、太陽とは何の関係もありません。週に一日休むという考え方自体が、よそから来たものです。
私は、日本人から働くという文化が奪われたのではないか、と感じることがあります。それは美徳でもあったはずです。
ここを曖昧にすると、危ない話になります。倒れるまで働かされている人に、それが日本の美徳だと言うわけにはいきません。
そこで、私はこう分けて考えています。
一方で、今の日本で本当に苦しいのは、そこを自分で決められない人たちです。帰りたいのに帰れない。断りたいのに断れない。時間の長さは同じでも、これはまるで別のものです。
ところが「働き過ぎを減らせ」という議論は、この二つをひとまとめにしてきました。
だから、自分で決めて打ち込んでいる人まで縛られ、本当に苦しい人は救われない。 帰れと言われても仕事は減らないので、持ち帰るだけになる。
人によって、必要なものが違うのです。
八時間眠らないとどうにもならない、という人がいます。その方にとって、それは怠けではなく必要です。
四時間で足りる人もいます。布団に入っても仕事が気になって眠れず、起きて机に向かう人もいます。
どれが正しいという話ではありません。
ところが、働き方をめぐる議論は、必ず数字で線を引きます。週に何時間まで、月の残業は何時間まで。線の向こう側にいる人を、一律に働き過ぎと呼ぶ。
私が感じてきた違和感の正体は、たぶんここです。一つの物差しを、全員に当てている。
西洋の考え方には、二つに割って片方を選ばせるところがあります。働くか休むか、善か悪か、正しいか間違いか。その割り方が、この国のやり方には馴染まない。
そう感じてきましたし、日本の識者にも、頭ごなしの西欧化に反対してきた方は少なくありません。
日の出から日の入りまで働いたら、そのあとは休む。
矛盾しているように聞こえるかもしれません。働き続けて、疲れたら休む。 それが自然なのではないか、と私は思うのです。
暦で決めた休みではなく、体が求める休み。
そして、その求める量が人によって違う。それを本人がいちばんよく知っている。
四時間睡眠を五十年続けてきたと書きましたが、これを人に勧めるつもりはありません。私に合っていただけの話です。
それに、七十三になった今、若い頃と同じでいられるとも思っていません。体は正直で、こちらの都合には合わせてくれません。
ただ、働くことそのものを罪のように扱う考え方には、やはり与しません。
やりたいことがあって、気がつくと夜が明けている。あの時間を取り上げられたら、私には何が残るのだろうかと思います。
保氏の一言には、そういう響きがありました。日曜日がなかったのではなく、日曜日が要らなかったのだろうと思うのです。

