連載・知識の武装 第三回 嘘をつかない操作 エドワード・バーネイズ『プロパガンダ』を読む
連載・知識の武装 第三回
嘘をつかない操作
――エドワード・バーネイズ『プロパガンダ』を読む
前回のジョリは、一八六四年に「こういう手口がある、気をつけろ」と警告しました。今回の人物は、その六十四年後に、同じ手口を職業として確立します。しかも隠さず、本にして売りました。
一 プロパガンダという言葉を捨てた男
エドワード・バーネイズは一八九一年、ウィーンに生まれ、一九九五年に亡くなっています。百三歳。二十世紀をまるごと生きた人です。
ジークムント・フロイトの甥にあたります。しかも二重に。母がフロイトの妹で、父がフロイトの妻の兄でした。無意識という概念を、彼は家庭内で聞いて育っています。
転機は第一次世界大戦でした。彼はアメリカの戦時宣伝機関に加わり、参戦に消極的だった国内世論を動かす仕事に携わります。戦争が終わったとき、彼は気づきました。戦時に世論を動かせたなら、平時にもできる。
ただ、問題がありました。「プロパガンダ」という言葉が、戦争によって汚れてしまっていたのです。
そこで彼は言い換えました。パブリック・リレーションズ。PRという職業と呼び名は、こうして生まれます。
ここに、最初の技術がすでに現れています。中身は変えず、名前だけ変える。名前が変われば、抵抗感が消える。
皮肉なことに、彼は一九二八年の著書に、あえて『プロパガンダ』という題を付けています。読者に対しては正直だったわけです。
二 同意の工学
バーネイズの中心概念は、「同意の工学」と呼ばれます。合意を取り付けるのではなく、合意が生まれる条件を設計する、という意味です。
彼の出発点はこうです。個人を論理で説得しようとするのは、効率が悪い。人は理屈で動かない。無意識の欲求と、周囲の空気で動く。
したがって、個人ではなく環境に働きかける。説得ではなく、設計です。
この発想は、いまでも十分に新しい。誰かを説得しようとして疲れた経験のある方なら、なぜ彼が正しいかは分かるはずです。
三 手口を五つに
一 第三者に言わせる
自分の主張を自分で言えば、それは宣伝です。医師が言えば医学、学者が言えば知見、著名人が言えば流行になります。
だからバーネイズは、決して前に出ません。舞台裏で第三者を配置し、その人たちに語らせる。依頼主の名前は表に出ない。
二 商品でなく、文脈を売る
「この石鹸は汚れが落ちます」では売れない。「清潔でない人間は社会的に劣る」という感覚を先に作れば、石鹸はひとりでに売れます。
売るべきものは商品ではなく、その商品が必要になる世界観のほうです。
三 集団の結節点を押さえる
大衆に直接届かせようとしない。人が意見を形成するときに参照する相手――医師、教師、聖職者、業界の権威、いまで言えば発信力のある個人――を押さえる。そこから自然に広がります。
四 組織を作る
単発の広告ではなく、協会や委員会を作る。「◯◯推進協会」という名の団体ができれば、以後その発言は業界の宣伝ではなく、公益的な提言として扱われます。
五 事実を捏造しない
これが最も重要です。
バーネイズは嘘をつきません。使うのは本物の医師であり、本物の統計であり、実際に起きた出来事です。ただ、どの事実を選び、どう並べ、何と結びつけるかを設計する。
嘘は検証されれば崩れます。事実の配置は、検証しても崩れません。
すべての要素が本物だからです。だからこの手法は、暴かれることがない。暴くべき嘘が、どこにもないのです。
四 実際に何をしたか
女性に煙草を吸わせた話
一九二九年当時、アメリカで女性が公然と喫煙することは、社会的に許されていませんでした。市場が半分閉じているわけです。煙草会社は、この壁を壊したかった。
バーネイズがやったのは、広告ではありません。
復活祭のパレードで、若い女性たちに一斉に煙草を吸わせました。そして、その行為に名前を付けた。「自由の松明」。報道機関はこれを女性解放の出来事として報じます。
煙草は商品ではなくなりました。女性の権利の象徴になった。市場は開き、女性の喫煙者は増えていきます。
――彼が事前に精神分析医に相談し、煙草が女性にとって何を意味しうるかを検討していたことも、記録に残っています。
アメリカの朝食を変えた話
こちらは、もっと静かで、もっと恐ろしい例です。
ベーコンの会社から依頼を受けたバーネイズは、多数の医師にアンケートを送りました。質問は、ベーコンについてではありません。「しっかりした朝食と軽い朝食、どちらが健康によいか」です。
多くの医師が、しっかりした朝食がよいと答えました。彼はその結果を発表します。医学的知見として。
ベーコンエッグがアメリカの標準的な朝食になったのは、これ以降です。
嘘はどこにもありません。医師は実在し、回答は本物で、統計は正確です。ただ、質問の設計が答えを決めていた。
そして、国を一つ動かした話
一九五〇年代、中米グアテマラで、アメリカの果物会社の権益に影響する土地改革が進みました。会社はバーネイズに依頼します。
彼はアメリカ国内で、グアテマラを共産主義の脅威として提示する広報活動を展開しました。記者を現地へ招き、資料を提供し、報道の枠組みを作った。
一九五四年、当時の政権は倒れます。以後、この国は長い内戦の時代に入りました。
この件をどう評価するかは、いまも論争があります。CIAの関与や冷戦下の力学など、要因は一つではありません。
ただ、広報が国際世論の形成に関与し、それが一国の政変と無関係でなかったことは、事実として残っています。手法そのものに善悪はない、という主張が、どこまで通用するかという問題です。
五 彼が動揺した一件
一九三三年、バーネイズはドイツから戻った知人から話を聞きます。ナチス政権の宣伝を担当していた人物が、自分の著書を参照していた、と。
彼は後年、そのときの衝撃を自伝に書いています。
ここに、この手法の限界がはっきり出ています。技術は道具であって、誰が使うかは技術の側では決められない。バーネイズは民主主義を守るためにこそ世論の設計が必要だと考えていましたが、同じ手法を、同じ精度で、逆の目的に使うことができる。
彼はその後も仕事を続けました。手法を封印することはありませんでした。
六 いまの日本と、突き合わせる
ジョリの手口は権力の側のものでしたが、バーネイズの手口は誰でも使えます。企業も、団体も、行政も、個人も。だから、より身近です。
専門家のコメント――報道に添えられる専門家の意見は、誰が選び、誰が連れてきたのか。発言そのものは本物でも、選定の段階に設計が入りうる。
調査結果の発表――「◯%がそう答えた」という数字は、質問文と選択肢の作り方で大きく動きます。ベーコンの例が示すのは、そこです。数字を疑うのではなく、質問を見る。
◯◯協会・◯◯機構――公益的な名を持つ団体の提言。設立母体と運営資金がどこかを確認するだけで、見え方が変わることがあります。
記念日と啓発月間――ほとんどは業界団体が設定したものです。悪いことではありませんが、由来を知っておく価値はあります。
発信力のある個人――現代版の「集団の結節点」です。表示義務のある広告と、そうでない発信の境目は、いま各国で議論が続いています。
七 武装のしかた
この回で身につけるべきものを、四つの問いにまとめます。日々の情報に、そのまま当てられます。
一 誰が費用を出しているか。
発言者ではなく、発言の場を用意した側を見る。
二 なぜ、いま出てきたか。
内容が正しくても、時機は選ばれています。何かの審議や決定が近くにないか。
三 どんな質問だったか。
調査結果を見たら、設問と選択肢を探す。見つからない調査は、それ自体が情報です。
四 私は何を感じたか。
同意でも反発でも、強い感情が動いたときは、そこが設計されている可能性が高い。
四つ目が、いちばん効きます。バーネイズの手法は、感情を経由して働くからです。事実の真偽を確かめるより、自分の反応を観察するほうが早い場合があります。
ただし、ここまでの三回で扱ってきたのは、すべて「する側」の話です。手口を知れば防げるのか。
次回のエリュールは、そこに冷や水を浴びせます。彼によれば、プロパガンダが最もよく効くのは、無知な人ではありません。情報に多く触れ、社会に関心を持ち、自分で考えていると信じている人です。
この連載を熱心に読んでくださっている方が、いちばん危ない。そういう話になります。

