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保育が止まれば、電力が止まる

政 策 提 言
保育が止まれば、電力が止まる。
── 国民保護法に、一条を継ぎ足す提言を出しました
令和八年八月二十八日 三原嘉明
本日、四か所へ政策提言書を郵送しました。復興大臣、内閣官房の防災庁設置準備室、内閣官房の事態対処・危機管理担当、そして総務省消防庁です。オンラインの意見窓口にも同じ内容を送りました。
六月にお出しした「国民強靱化基礎役務制度(仮称)」提言の、第二次にあたるものです。前回は制度の必要性を書きました。今回は、それをどの法律のどこに置くのかを、条文の形で書いています。
お読みいただければありがたいのですが、長くなりますので、ここでは要点だけを記します。

条文が、途中で途切れている
国民保護法という法律があります。平成十六年にできた、有事の際に国民をどう守るかを定めた法律です。
その第四十三条に、こう書いてあります。政府は、国民の保護のための措置の重要性について国民の理解を深めるため、国民に対する啓発に努めなければならない。
立派な規定です。ただ、条文はそこで終わっています。
国が国民に対して負う義務は「理解を深めさせる」ところまでで、「技能を身につけさせる」ところには及んでいない。
では、他の法律にあるのかと思って探しました。国土強靱化基本法は堤防や道路といった「物」が対象です。災害対策基本法の自主防災組織は任意団体で、技能の水準を定める仕組みを持ちません。学校教育法には、該当する課程がありません。
つまり、平時に、基幹的な役務を維持する技能を国民に身につけさせる根拠法が、どこにも無いのです。停電を復旧できる人、水道を動かせる人、有事に病院を回せる人。それを育てる制度は、この国に存在しません。

なぜ、無いのか
条文を読み進めると、理由が分かりました。
同じ法律の第四条第二項に、こうあります。前項の協力は国民の自発的な意思にゆだねられるものであって、その要請に当たって強制にわたることがあってはならない。
すなわちこの法律は、有事に国民が何かをすることを、制度として当てにしていません。当てにしないと決めた法律なのです。
これを責める気はありません。平成十六年当時の政治情勢では、この構成でなければ法律そのものが成立しませんでした。当時としては、合理的な選択だったと思います。
ただ、あれから二十二年が経ちました。ミサイルもサイバー攻撃も現実になり、南海トラフも首都直下も切迫していると言われ、そして人口が減りました。守るべき設備は増え、守れる人は減っています。

主語を、入れ替える
ここで分かれ道があります。
第四条第二項を削って、国民に義務を課す道。これは採りませんでした。採れば議論は徴兵制の是非に飲み込まれ、そこで終わります。
私が提案したのは、別の道です。
「協力」と「教育」を分離し、教育について主語を入れ替える。

・有事の協力は、現行どおり国民の自発的意思に委ねる(第四条第二項には一字も触れない)
・平時の教育は、国が提供する責務として法定する

国民は「受けなければならない」のではなく、「受けることができる」。義務を負うのは、国のほうです。
実はこれ、突飛な話ではありません。先ほどの第四十三条は、既に主語が国なのです。国が啓発に努めなければならない、と。私が求めているのは、その主語のまま、対象を「理解」から「技能」へ一段進めることだけです。

歯止めを、先に書いておく
こういう制度を作ると、必ず心配されることがあります。いつか別のものに化けるのではないか、と。
その心配は正当です。この国には、実際に化けた前例があります。
江戸の町火消は、町人が自分たちの町を守る自前の仕組みでした。それが明治五年に消防組となり、明治二十七年の消防組規則で知事の警察権に組み込まれます。ここで自発性が失われました。
昭和十四年、警防団令によって警防団に改編され、防空監視という戦時任務が加わります。ここで目的の限定が失われました。そして戦後、占領軍はこれを戦争協力機関とみなし、廃止しました。
火を消すための組織が、七十年かけて別のものになり、最後に否定された。この経過を知っていれば、同じ轍は踏めません。
ですから、条文に三つの歯止めを内蔵させました。
一 自発性  第四条第二項を改正しない
  明治二十七年に失われたもの

二 目的の限定 対象を基幹的役務の維持に限る

  昭和十四年に失われたもの

三 年齢   実務を含む課程は中等教育以降に限る

  初等教育以下には及ばないと明記する
歯止めを自分から先に書くことは、制度を弱めることではありません。歯止めを持たない制度は、いずれ必ず別のものになります。

若者組という先例
「国民に持ち場を配る制度」と言うと新奇に聞こえますが、この国には既にありました。
近世の村には若者組がほぼ全国にあり、数え十五歳前後で村の男子が加入して、警備・消防・水防・災害救助を担いました。「若者入り」を果たした者は、村から一人前と認められました。
面白いのは、その上下にも階梯があったことです。子供組があり、若者組があり、宿老があり、年寄衆があった。隠居の制度まで含めて、一つの階梯を成していました。
持ち場は、一生を通じて移っていく。
位置を失う年齢が、無かった。
今の制度は、これを現役世代だけで切り取っています。子どもは守られるだけ、年寄も守られるだけ、担うのは真ん中の世代だけ。だから真ん中が疲れ、上下が居場所を失うのです。
もう一つ、若者組が教えてくれることがあります。教育と持ち場が、分けられていなかったということです。
先に教育を受けてから持ち場に就いたのではありません。持ち場に入ることが学びの入口であり、務めを果たすことが一人前になる過程そのものでした。今の職業訓練は、この順序を逆にしています。座学を修めてから現場に出す。だから、修了しても現場に立たない人が生まれます。
なお、若者組は国が作ったものではありません。三重県史によれば、鳥羽藩は若者組を五人組に組み入れて利用し、津藩は設立を厳しく禁じていたそうです。取り込むか、潰すか。作ってはいないのです。だから私の提言も、国が配るのは持ち場であって、精神ではない、という線を引いています。

釜石で、何が起きたか
階梯は、今も生きています。
平成二十三年三月十一日、岩手県釜石市。海から五百メートルの釜石東中学校と鵜住居小学校に、中学生約二百四十名と小学生約三百九十名がいました。
停電で校内放送ができないなか、部活で校庭にいた中学生が自分の判断で走り出しました。校舎の生徒が続き、隣の小学校の児童も、日頃の合同訓練を思い出して後を追いました。中学生は、小学生と保育園児の手を引いて高台へ向かいました。当日登校していた約五百七十名は、全員助かっています。
防災教育を指導した片田敏孝先生は、中学生にこう教えていたそうです。
君たちは守られる側ではなく、守る側だ。
自分より弱い立場にある小学生や高齢者を連れて逃げるんだ
学校の標語は「助けられる人から助ける人へ」でした。
ただし、これを「奇跡」と呼ぶべきではないと思います。釜石市全体では、たまたま学校にいなかった小中学生五名が亡くなっています。片田先生ご自身が、死者が出た時点で防災教育は成功したと胸を張れない、と書いておられます。奇跡ではなく、訓練の成果です。そして訓練の成果であってなお、五人が失われた。だからこそ、制度として整える必要があります。

保育が止まれば、電力が止まる
今回の提言で、私自身が一番考えを変えたところを書きます。
これまで基幹的な役務として、電気・ガス・水道・輸送・通信・医療を並べてきました。第一次提言もそう書いています。
この並べ方は、間違いでした。
停電した変電所へ復旧に向かう職員は、なぜ現場に立てるのでしょうか。子どもを預ける先があるからです。親の介護を代わりに見てくれる人がいるからです。
保育が止まれば、電力が止まります。介護が止まれば、通信が止まります。介護と保育は横に並ぶのではなく、他のすべてが成り立つための条件として、その下にあるのです。
これは印象論ではありません。数字が示しています。
東日本大震災 死者・行方不明 約二万人
  うち災害関連死の認定 三千七百九十四人(約一九%)

熊本地震   直接死 五十人

  災害関連死が全死者の約八割

能登半島地震 災害関連死 約六四%

  うち九割以上が七十歳以上
読み方は、こうです。
「物」の強靱化は、効きました。耐震化が進み、堤防が高くなり、直接死は確実に減った。熊本の直接死五十人という数字が、それを証明しています。
しかし「人」がいないために、一度助かった命が、その後で失われています。そして失われているのは、ほぼ高齢者です。避難所の環境を保ち、持病のある方を見守り、体を動かせなくなるのを防ぐ。それを担える人が、決定的に足りていません。

求めたこと
具体的には、こう提案しました。
一 国民保護法第四十三条の次に、第四十三条の二(平時における人材の育成)を新設する。全六項。国の提供責務、課程の法定、名簿への登録、年齢の限定、少年消防クラブの位置づけ、指定公共機関の育成努力義務。
二 第二条第二項の例示に「介護、保育」を加える。現行は電気・ガス・輸送・通信・医療のみで、施行から二十年、介護や保育の団体が指定された例は見当たりません。指定は団体単位とし、医療で医師会や看護協会を指定している前例に倣えば足ります。
三 第四条第二項は改正しない。これを提言書に明記しました。
四 実施主体は防災庁。本年十一月一日に発足します。「平時からの備え」の中核として、新しい所掌を作らずに置けるはずです。
五 新規予算は求めない。日本成長戦略に既にあるリ・スキリング支援の枠内で足ります。
なお、少年消防クラブについて一言。全国に約三千九百三十クラブ、約三十七万人。優良クラブの表彰は昭和二十九年度から途切れず続いています。それでいて、法律上の根拠を持っていません。私が求めたのは、既にある善き実践に条文上の位置を与えることであって、新しく何かを始めることではありません。

物から、人へ
堤防を見回る人がいなければ、堤防は守れません。変電所を復旧できる人がいなければ、電気は戻りません。そして子どもを預かる人がいなければ、堤防を見回る人が現場に立てません。
かつてこの国には、生涯を通じて誰もが持ち場を持つ仕組みがありました。子どもには子どもの、若者には若者の、年寄には年寄の位置があった。それは二十世紀を通じて解体され、代わるものが用意されないまま今日に至っています。
発明ではない。取り戻すのである。
七十三になりました。私が生きているうちに実現するかどうかは分かりません。ただ、書いて出すことはできます。
提言の全文は、下記で公開しています。どなたでも自由にお読みいただけます。引用も、批判も、ご自由に。
第二次提言(本稿)

国民保護法制の改正に関する提言

第一次提言(令和八年七月二十日提出)

国民強靱化基礎役務制度(仮称)

提言の一覧

政策への提言


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