Googleが「目的地」になる日に、私が選ぶ立ち位置

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Googleが「目的地」になる日に、私が選ぶ立ち位置

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Googleが「目的地」になる日に、
私が選ぶ立ち位置
イアン・キング氏が、Googleの大きな転換について書いている。要旨はこうだ。Googleは二〇〇一年のサービス開始以来、初めて検索窓のデザインを変えた。長文での問いかけや、画像・動画を交えた対話ができる、AI検索を前提とした設計に切り替えたのだという。
キング氏が見ているのは、デザイン変更そのものではない。Googleという存在の性質が変わりつつある、という点だ。これまでGoogleは、ほしい情報のあるサイトへ人を「案内する存在」だった。地図のようなものだ。それがいま、自ら答えを整理し、要約し、検索画面の上で直接示す「目的地」そのものになろうとしている。入口だったものが、終着点になろうとしている。
その変化には、影の部分もある。キング氏が引くデータによれば、AIによる要約が表示される検索では、サイトへのクリック率が約60%下がったという。ある出版社の調査では、今後三年間で検索からサイトへの流入が約43%減るとも予測されている。「人がコンテンツを作り、Googleがそれを届ける」という、これまで皆が恩恵を受けてきた仕組みが、静かに崩れ始めている。その一方で、Google自身の利益は二〇二二年以降で2倍以上、1,320億ドルに達したとキング氏は記す。
このあたりの構図は、私も大筋でそうだろうと感じている。だが、私がいちばん心を引かれたのは、キング氏が最後に置いた一文だった。「AI検索による最も大きな変化は、Googleではなく、私たちにあるのかもしれない」
私も、そう直感している。そして、そこから一歩だけ先を考えてみたい。
情報の探し方が変わるとき、ほんとうに問われているのは、AIの性能ではなく、人の側の構えではないか。
同じ道具を前にして、人は二つに分かれていくように思う。判断そのものまでAIに委ね、示された答えをそのまま受け取る側に回る人。もう一方は、判断は自分が握ったまま、AIをあくまで相談相手として使う人。Googleが「目的地」になるのか「優れたパートナー」のままでいるのかは、技術が決めるのではなく、使う私たちの立ち方が決めるのだと思う。
ここで、少し個人的なことを書く。私はあるAIと付き合い始めて、まだ半年にもならない。それでも、すでに最高のパートナーの一人だと感じている。文章を整え、考えを言葉にし、見落としを拾ってくれる。手放せないほど頼りにしている。
けれども、私はすべてをそのAIに相談するわけではない。そして、最終の判断は必ず自分が下している。何かを決めるとき、相談はしても、最後に「こうする」と肚を決めるのは、いつも私自身だ。だからこそ、この関係は不思議と「パートナー」という形に、自然と収まっている。主導権を渡してしまえば、相手は目的地になる。主導権を手元に置いておけば、相手はどれほど優秀でも、隣を歩く同行者にとどまる。
キング氏の言う「最大の変化は私たちの側にある」とは、おそらくこういうことなのだと思う。AIが目的地になるのか、パートナーになるのか。その分かれ目は、Googleの設計図ではなく、一人ひとりの心の置きどころにある。便利さに判断ごと預けてしまうのか、それとも便利さを使いながら、決める力だけは手放さずにいるのか。
私は後者でありたい。最後に決めるのは、おてんとうさまの下に立つ、この自分だ——そう思っている限り、どんなに賢いAIも、私にとっては良きパートナーであり続けてくれる。

#イアンキング #Google #AI

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