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第四章・覚醒の時代 連載第八十一話 屋上にて ── 保本先生 ──

第四章・覚醒の時代 連載第八十一話 屋上にて ── 保本先生 ──

第 四 章 ・ 覚 醒 の 時 代
連載第八十一話
屋上にて ── 保本先生 ──

その日の日中、妻の尿が、大量に出た。

それまで、尿の量が少なかった。若い夫は、ずっと、心配していた。それが、その日、堰を切ったように、出た。体のむくみが、目に見えて取れていった。顔色も、戻ってきた。妻は、わずかに、楽になったような表情をしていた。

若い夫の心に、ささやかな希望が、確かにあった。何の効能なのかは、分からない。漢方の煎じ薬か、丸山ワクチンか、ホッカイロか、それとも、命の側が見せた、最後のひと揺らぎだったのか。けれども、目の前で、妻の体が、ほんの少し、戻った。それは、確かなことだった。

夕方になって、保本先生から、屋上に来てくれ、と告げられた。

胸部外科の、新進気鋭の医師だった。立川病院の胸部外科の、若い権威。腕の立つ外科医で、妻の肺の手術を執刀したのも、保本先生だった。精悍な顔立ちで、目に鋭さがあった。赤ひげ先生のもとで、若い力を発揮していた医師。

屋上には、夕暮れの空が、まだ少し明るく残っていた。あるいは、もう、暗くなり始めていたのだったか。記憶は、霞の中のように茫洋としている。若い夫が覚えているのは、屋上から見下ろした街に、家々の明かりが、ぽつり、ぽつりと、灯り始めていたことだった。

保本先生は、若い夫を、見据えた。そして、第一声を、放った。

「君は、医者か」

その問いの底にあったものを、若い夫は、すぐには測りかねた。叱責ではないと、感じた。けれども、ただの問いでもなかった。素人の家族が、漢方の煎じ薬を毎朝煎じ、丸山ワクチンを取り寄せ、ホッカイロを患部に当て、岡山の免疫療法にまで段取りをつけた──そのことに対する、医師としての、根本的な戸惑いが、その問いの底に、あった。

そして、滾々と、諭された。

丸山ワクチンの、皮下注射の、負担のこと。臨終に近づいた病人にとって、一本一本の注射が、どれほど体力を消耗させるものか。健常者と違って、自分で体の向きを変えることもできない病人に、温熱の器具を当て続けることが、どれほど低温やけどを招きやすいか。免疫療法という、新しい治療法に、最後の最後で身を委ねることの、未知のリスク。

言葉の一つ一つに、医師としての覚悟があった。科学を専門として歩んできた人間の、信念があった。そして、その流れの中で、保本先生は、こう言った。

「丸山ワクチンは、水だ」

若い夫の心に、その言葉だけが、わずかに、引っかかった。

水だ、という言い方は、少しひどいな。

そう思った。けれども、それを口にする余裕は、もう、なかった。本当は、聞きたいことは、いくつもあった。丸山ワクチンを投与してから、妻の全身の状態が、ほんの少しだが、良くなったように感じていた。その感覚に、科学的な裏付けがあるのか、ないのか。温熱療法も、四十二度でがん細胞が壊死するという結果は、実験で確かめられていると、若い夫は、自分なりに調べていた。それを、ただの素人療法と、片付けてよいのか。

けれども、当時は、何がなんだかわからなかった。

反論することも、整理することも、できなかった。妻の体が、目の前で、削られていく。その強烈な波の中で、若い夫は、ただ、できることを、すべて試していた。漢方も、丸山ワクチンも、温熱療法も、免疫療法も。一つ一つを、自分なりの確信のもとに、選んでいた。けれども、それを、医師の前で、整然と説明する力は、もう、残っていなかった。

保本先生の言葉を、ただ、受け止めた。受け止めて、立っていた。

屋上の夕暮れの空が、深くなっていく。街の家々の明かりが、一つ、また一つと、灯っていく。

その一つ一つの明かりのもとに、それぞれの人生があった。

食卓に、湯気が立っている家。子供が、宿題を広げている家。夫婦が、テレビを見ている家。そのどれもが、ふつうの、健やかな、夕方の景色だった。若い夫の家も、かつては、そういう景色の中にあった。けれども、いま、自分は、病院の屋上に立っている。妻は、病室で、削られていく命の中にいる。三歳の息子は、家で、父母が見ていてくれている。

父と母が、息子を見ていてくれていることが、若い夫にとって、どれほど大きな支えだったか。それがあったから、若い夫は、毎日、病院に通い続けることができた。そして、後年──ボロボロになった自分が、ようやく再び生きていく気持ちを取り戻すまでの長い長い時間も、その父と母の存在に、支えられていた。けれども、屋上に立っていた、その時の若い夫の頭の中には、そこまで、明瞭な思いはなかった。ただ、家々の明かりを見ながら、息子の顔が、ちらっと、浮かんだだけだった。

保本先生は、言うべきことを、言い終えた。若い夫は、礼を言ったか、何も言わなかったか、それも覚えていない。屋上から、病室へ戻る階段を、降りていった。

その晩、何があったかは、もう、誰にも、はっきりとは分からない。プロンプトカクテルで、妻の意識が、間欠的に戻ってきては、また遠のいていく、その合間に、尿道カテーテルが、抜けた。看護婦さんが、足を引っかけて抜けた、と、確かに、言った。若い夫は、それを、その場で聞いた。けれども、本当に、そうだったのか。看護婦さんが、ご自身の動揺の中で、そう述べただけだったのか。真実は、もう、誰にも分からない。すべては、運命だった、と、四十年経った今、若い夫だった自分は、思っている。

けれども、屋上に立っていた、その時点では、そういう晩が、これから訪れることを、若い夫は、まだ、知らない。ただ、その日の夕暮れの空と、家々の明かりと、保本先生の滾々とした言葉の余韻を、心の片隅に置きながら、病室への階段を、降りた。

四十年が経って、振り返って、思う。

保本先生は、近代医学という、明確な体系の中に、誠実に立っていた。科学者として、自分の納得できない治療を、最後まで黙って見ているわけにはいかなかった。それは、医師としての、一つの誠実さの形だった。たぶん、それまでずっと、若い夫の素人療法に対して、おっしゃりたいことを抑えておられた。それを抑えてくださっていたのは、赤ひげ先生だったのだろう。赤ひげ先生は、ギリギリに追い詰められた患者の家族の心理を、誰よりも深く、理解してくれていた。

けれども、その日、もう、抑えきれないところまで、来ていた。妻の命の灯火が、消えかけていることが、医師の目には、はっきりと見えていたのだ。だから、屋上に呼ばれた。覚悟をさせる意図が、たぶん、あった。

そして、自分のことを、振り返って思う。当時の自分は、何がなんだかわからない中で、ただ、できることを、すべて試していた。漢方も、丸山ワクチンも、温熱療法も、免疫療法も。それらを、しなやかに、選び取っていた。今になって思えば、強烈な波を、しなやかに受け止め、衝撃を弱くして、影響を最小にしようとする、防衛の機能が、自分の中で、確かに働いていたのだろう。けれども、当時の自分は、それを自覚していたわけではない。ただ、必死で、目の前のことに、対応していただけだった。

保本先生は、体系の中に、誠実に立っていた。自分は、体系を抱えながら、しなやかに動いていた。赤ひげ先生は、その若い夫の動きを、深く理解して、見守ってくださっていた。

三人が、それぞれ別の場所で、それぞれの誠実さで、立っていた。

あの日の屋上の、夕暮れの空と、家々の明かりは、その三人の在り方の、静かな証人だった。一つ一つの明かりのもとに、それぞれの人生がある──その当たり前の景色を、若い夫は、命の削られていく場所から、ちらっと、見ていた。

生かされて、今を、存在する。

あの屋上に立っていた若い夫を、四十年経った今、自分は、確かに、覚えている。

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