サイトアイコン ハウスワークサービス多摩店

第四章・覚醒の時代 連載第七十一話 別の大きな病院へ

第四章・覚醒の時代 連載第七十一話 別の大きな病院へ

 
第 四 章 ・ 覚 醒 の 時 代
第 七 十 一 話

別の大きな病院へ

― 扉 の 向 こ う に 、 何 が あ る か は ―
紹介状を、内ポケットに入れて、自分は、妻と一緒に、別の大きな病院に向かった。
朝の道だった、と思う。何時頃の電車に乗ったかは、もう、はっきりとは思い出せない。ただ、二人で、家を出た。健慈は、誰かに預けたはずだが、その日、どなたにお願いしたのかも、今となっては、定かではない。妻は、外出着に、薄手の上着を羽織っていた。自分も、いつもの会社用の上着のまま、家を出た。お互い、ことさらに言葉を交わすことは、なかった。電車の中でも、ほとんど、無言で並んでいた。
別の大きな病院は、ふだん通っていた病院とは、雰囲気が違っていた。
建物の中に入って、まず、その大きさに、少し気圧された。受付の人の数も、行き交う人の数も、ふだんの病院とは、桁が違っていた。受付で、紹介状を提示し、所定の手続きを済ませた。長い廊下を、案内の表示に従って、二人で歩いた。胸部外科の待合の表示が、廊下の先に、見えてきた。妻の歩幅と、自分の歩幅を、できるだけ合わせるようにしながら、歩いた。
待合の椅子に、しばらく、二人で並んで座っていた。
名前を呼ばれるまで、どれくらい、待ったか。三十分だったか、もっと長かったか。妻は、膝の上に、ハンドバッグを置いて、姿勢を崩さずに、座っていた。自分は、何か、雑誌のようなものを、手に取った気がするが、活字は、頭に入ってこなかった。ただ、診察室の扉が開いて、看護婦さんが名前を呼ばれる、その時を、待っていた。
◇ ◇ ◇
診察室に通されると、机の向こうに、若い先生が、座っておられた。
胸部外科の、その先生は、自分の予想していたよりも、ずいぶんとお若い方だった。三十代の半ばくらいに、見えた。けれども、目に、強い光があった。ふだん通っていた病院の担当の先生とは、その目の光が、明らかに違っていた。机の上に、ふだんの病院から送られてきたレントゲン写真が、何枚か、すでに広げられていた。
先生は、まず、ご自身の専門のことを、簡潔に、おっしゃった。
胸部の腫瘍の摘出を、専門にしておられること。これまでに、同じような症例を、いくつも執刀されてきたこと。多くを、お話にならなかった。短い言葉の中に、ご自身の腕への、静かな自負のようなものが、感じられた。けれども、それは、傲慢な響きではなかった。むしろ、これからの治療に向けて、患者の側を、安心させるための、必要な言葉、というふうに、自分には、聞こえた。
それから、先生は、レントゲン写真を、指で示された。
妻の肺の、影の場所。その輪郭。位置。大きさ。先生の指は、迷いなく、その影を、一つずつ、なぞっていかれた。手術によって、胸を開き、その部分を、切除する——という、概略を、お話しになった。専門用語は、最小限に抑えて、自分たちにも分かるような言い回しで、説明してくださった。妻は、姿勢を崩さずに、聞いていた。自分も、メモを取ろうとして、結局、メモは取らずに、ただ、先生の言葉と、机の上の写真を、交互に見ていた。
説明が一通り終わると、先生は、自分たちの方を、まっすぐに見られた。
「いかがなさいますか」というような、お言葉だったか、あるいは、もっと別の言い回しだったか。今となっては、正確には、思い出せない。ただ、その目の光が、自分の判断を、待っておられた。自分は、妻の方を、一度、見た。妻は、わずかに、頷いた。自分は、先生の方に向き直って、お願いします、と、申し上げた。即決だった。迷っている時間は、もう、自分たちには、なかった。
◇ ◇ ◇
入院日と、手術日の、段取りが、決まった。
看護婦さんが、書類を、何枚か出してこられた。入院の手続き、必要な持ち物、ご家族へのお知らせ事項。ふだん通っていた病院での、二度の入院の経験があった。けれども、別の大きな病院での入院は、また、別の手続きだった。妻は、一つ一つ、丁寧に、説明を聞いていた。自分は、その横で、メモを取った。今度は、メモを、取った。
手術の日まで、何日あったかは、もう、覚えていない。
それほど、先ではなかった、と思う。一週間か、十日か、その辺りだったか。とにかく、早く、ということで、段取りを組んでいただいた。妻は、再び、入院することになった。最初の手術から、まだ、それほどの月日が、経っていなかった。湯船の湯気の中で、ようやく息をついたばかりの、あの夜から、まだ、一年は経っていなかったはずだ。
病院を出ると、外は、もう、昼を回っていた。
空は、晴れていたか、曇っていたか。それも、覚えていない。ただ、病院の建物を出て、二人で、また、長い廊下のような道を、歩いた。妻は、ハンドバッグを、両手で、前に持っていた。自分は、その隣を、歩幅を合わせて、歩いた。お互い、まだ、ほとんど、口を、開かなかった。それでも、診察室を出る前と、出た後とでは、空気が、少し、違っていた。何か、扉が、開いた——そういう、静かな感触が、自分の中に、あった。
◇ ◇ ◇
電車に乗って、家に向かう道で、妻が、ぽつりと、おっしゃった。
「お若い先生だったね」——というような、短いお言葉だったと思う。それに対して、自分は、何と、お返ししたか。たぶん、「目に、力のある先生だった」というような、当たり障りのない言葉を、お返ししたはずだ。妻は、それに、頷かれた。それ以上の言葉は、二人とも、続けなかった。電車の窓の外を、流れていく町並みを、それぞれが、別々に、見ていた。
家の玄関の前で、自分は、いつも通り、一度、深呼吸をした。
妻も、隣で、姿勢を整えていた。健慈を引き取りに行かなければならなかった。家の中に入る前に、二人とも、それぞれの顔を、整えた。これから、また、一からだ——という覚悟が、自分の中に、静かに、座り直していた。一からだ、と思ったが、それは、最初の手術の前の「一から」とは、また、別の種類の「一から」だった。最初の時は、何も知らない若い夫の「一から」だった。今度の「一から」は、二度目の手術を前にした、少し、骨の据わった「一から」だった。
けれども、骨が据わったといっても、それは、覚悟の側の話で、未来の側ではなかった。
扉は、開かれた。胸部外科の若い先生が、手術を引き受けてくださった。即決で、お願いした。けれども、その扉の向こうに、何があるかは、まだ、誰も、知らなかった。手術の後、肺の影が、きれいに切除できるかどうか。切除できたとして、また別の影が、後で立ち上がってこないかどうか。妻の体が、二度目の大きな手術に、どれだけ耐えてくれるか——どれも、その時点の自分には、見えなかった。先生にも、たぶん、はっきりとは、見えていなかったはずだ。
◇ ◇ ◇
夜、健慈を寝かしつけたあと、自分は、また、ノートを開いた。
昼間の、別の大きな病院での会話を、思い出しながら、書き留めた。先生の説明、入院の段取り、手術の日まで、自分たちに、何ができるか。書店通いで集めてきた、いくつかの治療法のメモも、改めて、見直した。手術を待つ間に、できることが、いくつか、あるはずだった。書物の中の知識を、現実の毎日に、どう繋ぐか——その問いが、ノートの上で、一行ずつ、形を取り始めていた。
紹介状を、自分は、もう、ポケットから出していなかった。
紹介状は、別の大きな病院の受付に、提出してしまっていた。その紙は、もう、自分の手元には、ない。けれども、紹介状という、一枚の紙が、自分たちを、ふだん通っていた病院から、別の大きな病院へと、運んでくれた。一枚の紙の上で、若い夫婦の、これからの数か月が、また、別の方角に、舵を、切られていた。
扉は、開かれた。
けれども、その扉の向こうに、何があるかは、まだ、誰も、知らなかった。胸部外科の若い先生も、ふだん通っていた病院の担当の先生も、自分たちも、誰一人、扉の向こうの景色を、はっきりと見ている人は、いなかった。それでも、扉は、開かれた。開かれた扉の向こうへ、若い夫婦と、若い先生と、それから、これから出会うことになる、もう一人の方とが、一歩ずつ、入っていくことになる——その日々の、入口に、自分たちは、立っていた。
(つづく) R080518

◆ 制作者からのお知らせ ◆

この物語の核にある「姓名科学」を、AIで復活させたサイトを公開しています。お名前から、人生の運勢の流れを読み解く、牧正人史先生の独自理論です。

姓名科学サイト(yymm77.github.io/seimei-kagaku/)

方位学・易経・組織相性のツールも、同じサイトから無料でお試しいただけます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【無料】牧正人史式 姓名科学 解析システム(マシレ予測) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
#牧正人史 #マシレ予測 #至誠の覚醒

モバイルバージョンを終了