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◆ 鉄砲戦術の革新と織田信長の躍進  ◆ 『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦著 MdN出版(R05年)より

◆ 鉄砲戦術の革新と織田信長の躍進  ◆

これを機に鉄砲職人が登場し、材質や機能における改良を重ね、日本の多湿な環境に合わせた火薬の開発をも進めました。
鉄砲には破壊力が期待できました。また、大きな音を発しますから、敵を威嚇して戦意を消失させるのにも適当な兵器でした。群雄割拠していた戦国武将たちの間にたちまち需要が高まります。
戦国武将たちは鉄砲を手に入れるだけではなく、鉄砲をどのように使うか、戦術的にも工夫を重ねます。
たとえば、多分に伝説的ではあるにせよ、1571年、武田勝頼に相対した「長篠の戦い」で織田信長は、三段撃ちという戦術を使ったとされています。

信長は、戦場となった長篠城の設楽原(したらがはら)に騎馬部隊を食い止める馬防柵を設け、その馬防柵の後ろに鉄飽隊の列を3段に分けて控えさせました。
まず、迫ってくる敵の騎馬部隊めがけて1段目が射撃します。一度撃った鉄抱は、次に発射するまでに弾込めの時間が必要ですから、射撃した1段目は最後方に下がって弾込め作業を行います。その時には2段目の射撃兵が騎馬部隊めがけて攻撃しているという、連続の大量射撃を可能とした戦術が三段撃ちでした。
武田軍の騎馬部隊は当時、戦国最強として恐れられていました。信長は、鉄砲を装備した軍隊で武田軍に勝利し、いわゆる天下人への道を突き進むことになります。
戦国時代、日本には最盛期でヨーロッパ全域が保有する鉄砲と同数の鉄砲があったとされています。それは言いすぎだと思いますが、ヨーロッパの大国一国ほどの保有数はあったでしょう。種子島時尭が2丁の鉄砲を購入してからわずか3、40年で日本の軍事力はここまでに達しました。

『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦著 MdN出版(R05年)より R080504

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