昭和の日に思う ― 一本の苗木に込められた大御心

四月二十九日。私たちは今、この日を「昭和の日」と呼びます。

しかし、この祝日が辿ってきた道のりをご存知でしょうか。

もともと四月二十九日は、昭和天皇の天皇誕生日でした。昭和天皇崩御の後、この日をなんとか祝日として残したいという思いから、生物を深く愛された陛下を偲ぶ意味を込めて、平成元年に「みどりの日」と制定されました。そして平成十八年、昭和天皇との結びつきが薄れていくことを危惧した祝日法の改正により、四月二十九日は「昭和の日」へと改められ、「みどりの日」は五月四日に移されたのです。

つまり、四月二十九日と五月四日――この二つの祝日は、もとは一つの日から生まれた「兄弟」のような関係なのです。

「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」

これが、昭和の日の趣旨として祝日法に記された一文です。

「顧み」「思いをいたす」――この静かな言葉に、昭和という時代を生きた人々への祈りが込められているように、私には感じられます。

戦争、敗戦、復興、高度成長。激動の六十二年間を、昭和天皇は国民とともに歩まれました。そして、戦後まもなく失われた緑を取り戻すため、昭和二十三年から天皇皇后両陛下は植樹行事にご臨席されるようになります。昭和二十五年、第一回全国植樹祭が山梨県で開催され、両陛下は三本の苗木をご自ら植えられました。

なぜ、第一回の植樹祭が山梨だったのか。

ここに、私が忘れられない一つのエピソードがあります。

■ 甲府城跡に聳え立つ「謝恩碑」

以前、山梨を訪れた際、甲府城跡の敷地内で空高く聳え立つ巨大な石碑に出会いました。「謝恩碑」と刻まれたその碑には、明治天皇への深い感謝の言葉が綴られていました。

明治四十年八月、山梨県を未曽有の水害が襲います。

高い山々に囲まれ、多くの川が集まる山梨の地形。そこに無計画な森林伐採が重なり、大雨は山や丘を切り崩し、濁流は見渡す限りの村々を呑み込みました。多くの人々と家畜が溺死し、甚大な被害が生じたといいます。

この惨状は、明治天皇のお耳に届きました。陛下は侍従を派遣して実状をお調べになり、慰問に御心を配られました。

そして明治四十四年三月十一日――。

陛下は御料地のうち、実に十六万四千ヘクタールを県民の暮らしの復興のために山梨県へ御下賜されたのです。これは現在の山梨県の県土の約三分の一に相当する広大な土地でした。

この山林は「恩賜林」と呼ばれ、現在の県有林の基となりました。

■ 百十年経っても忘れない、ということ

私が深く心を打たれたのは、この後の話です。

山梨県は、明治天皇の大御心を後世に伝えるべく謝恩碑を建立しました。そして御沙汰が伝達された三月十一日を「恩賜林記念日」と定め、現在もなお毎年式典を行っているのです。

令和三年三月、恩賜林御下賜から百十年を迎えました。

百十年です。

明治天皇のお名前を直接知る者は、もう誰もいません。それでも、山梨の人々は毎年式典を続けています。一本一本の木が、川辺を、山肌を、村々を守ってきたという事実を、忘れないために。

ここで、ふと思うのです。

■ 皇室とは何か ― 「時を超えて護るもの」

近年、私たちは異常気象に苦しめられています。突然の大雨、洪水、土砂災害、日照りによる農作物の被害。

しかし、こうした災害は決して今に始まったことではありません。明治期から、国土の保全は国家の大きな課題でした。大正初年頃に始まった「国土緑化運動」は、神武天皇祭が行われる四月三日を「愛林日」と名付け、全国的な記念植樹へと発展していきました。

戦後、昭和天皇が植樹祭にご臨席されるようになり、昭和五十二年からは皇太子同妃両殿下(現在の上皇上皇后両陛下)による「全国育樹祭」も始まりました。かつて天皇陛下が御手植えされた木々を、次の世代の皇族方が育てていく――。

明治、大正、昭和、平成、そして令和へ。

苗木が大樹となり、その実が落ちて再び苗木となるように、皇室の御心も世代を超えて受け継がれてきました。

政治家は数年で交代します。流行は一年で移り変わります。経済の指標は日々上下します。

しかし、皇室には百年単位、千年単位で物事を見るまなざしがあります。明治天皇が下賜された山林が、百十年経った今も県民の暮らしを守っている。昭和天皇がお植えになった苗木が、令和の今、立派な森となっている。

「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」

昭和の日のこの趣旨を読み返すとき、私は思うのです。

「国の将来」とは、来年や再来年のことではない。百年後、二百年後の子孫たちが、なお豊かな緑のもとで暮らせるかどうか。それを真剣に考え、祈り、行動してこられたのが、歴代の天皇陛下であり、皇室というご存在なのではないかと。

■ 一本の苗木に手を添えるということ

四月二十九日、昭和の日。

この日、私たちは何を思えばよいのでしょうか。

私は、甲府城跡に聳える謝恩碑を、心の中でもう一度仰ぎ見たいと思います。そして、昭和天皇が山梨の地で三本の苗木に手を添えられた日のことを、想像してみたいと思います。

陛下のお手がそっと土を押さえる、その静かな仕草。

その小さな苗木は、今、どれほど大きな木になっているでしょうか。

そして私たち一人ひとりも、自分の人生という土壌に、どんな苗木を植えていけるでしょうか。子や孫の世代に、何を手渡していけるでしょうか。

昭和の日は、そんな静かな問いを投げかけてくれる祝日なのだと、私は思います。

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次は五月四日のみどりの日です。
あわせてお読みいただければ幸いです。

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