第 二 章 ・ 社 会 の 時 代
第 五 十 話

本社との接点

― 電 話 の 向 こ う の 二 人 ―

朝、工場の机の上で、電話が鳴る。

受話器を取ると、本社の声が届く。村山の朝の空気に、東京の声が混じる瞬間である。受話器の向こうには、自分の知らない机が並び、自分の見ていない窓があり、自分の歩いていない廊下を誰かが歩いている。それでも、電話線の一本で、本社のその一隅と、工場の自分の机とが、毎朝つながっていた。

本社は、輸出業務部第二業務課。E03。

この部署が、海外向けの車の生産台数の調整や、仕様変更の要望を、向上に伝えてくる窓口だった。各国の担当者が、それぞれの国を背負って、注文書という紙の形で工場に投げてくる。投げられた紙を最初に受け止めるのが、自分の机だった。

◇ ◇ ◇

電話の主は、たいてい二人だった。

東出さんと、池田さんである。

東出さんは、慶応大学の出身で、北米担当。声に少し低い落ち着きがあり、こちらが何かを尋ねれば、間を置いてから、整理された答えが返ってきた。注文書も整然としていた。仕様の欄が乱れていることは、ほとんどなかった。電話の向こうにいる相手として、これほどありがたい人もいなかった。おっとりとした口調の奥に、理論で物を考える人の輪郭があった。

池田さんは、上智大学の出身で、中近東担当。

この方は、どこか違っていた。声が柔らかく、言葉のあいだに余計な話をすっと挟んでくる。仕事の電話なのに、半分は世間話になっていることもあった。多少、女好きの気配のある人で——のちに知ったことだが、池田さんは中近東部の女性社員と結婚することになる——電話の向こうから、その匂いが、ほのかに伝わってくることがあった。

同じ部署の同じ課に、こうも違うタイプの二人が机を並べていたというのは、今にして思えば、ささやかな見ものである。

◇ ◇ ◇

国内営業向けの車と、輸出向けの車とでは、注文書の作られ方そのものが違っていた。

国内営業の場合は、本社の企画部があらかじめ仕様をグレード化していた。標準型、上級型、特装型——いくつかの決まったグレードに分類されていて、顧客がそれぞれの店頭でグレードを選ぶ。だから、国内営業の注文には、個別の仕様変更というものが、原則として入ってこない。注文書の欄を、各営業所の担当が直接書き換える、という運用ではなかったのである。

そのかわり、国内営業には、別の種類の難しさがあった。

見込みである。来月、このグレードがどれだけ出るか、あのグレードがどれだけ出るか——その予想が外れたとき、調整は規模が大きくなる。一台二台の話ではなく、ロット単位、月単位の話になる。だから国内営業からの調整依頼は、頻度こそ少ないが、来るときは大きく揺れる。

輸出は、その逆だった。

各国の担当が、自分の国の事情に合わせて、注文書の各カラムに直接、数字とアルファベットを書き入れる。マストの長さ、爪の種類、エンジンの型式、適用加重、ドアの有無——一つひとつのカラムに、その国の現場の事情が入る。きめ細かい、と言えば聞こえはいい。しかし、書く人間が代わる以上、人の性格の癖がそのまま注文書に乗ってくる。

そして、たいてい、池田さんの担当する中近東の注文書が、もっとも乱れていた。

◇ ◇ ◇

「三原さあん」

受話器の向こうから、池田さんの声が伸びてくる。あのやわらかい、語尾の溶けるような口調である。何か悪い予感がするときの、最初の一声である。

「中近東部のかわいこちゃんが、仕様間違えっちゃったんだ。何とかしてくれよ、三原。たのむよ」

こんな具合の電話が、月に何度か、確実にかかってきた。

池田さんの口ぶりは、いつもこんな調子である。重大な仕様間違いを工場に伝えるときも、まるで友達の頼まれごとのような軽さで、語尾を引き伸ばして、こちらに丸投げしてくる。叱るほどの構えはこちらにもないし、向こうもそういう構えで電話してきているわけではない。困った話ほど、軽く転がしてくる人だった。

しかし、こちらは笑っているわけにはいかない。

「かわいこちゃんが間違えた」一行のうしろには、工場の地獄が口を開けて待っていることを、自分はもう知っていた。

◇ ◇ ◇

注文書のミスは、ほとんどがカラムの記入違いだった。

特定のカラムに数字やアルファベットを入れていく形式である。書き慣れてくると、目をつむっていても指が動く——そういう作業ほど、油断したときに、文字を一つ間違える。一文字違うと、その車のエンジン排気量が変わる。実際にあった話である。

排気量が変わるとは、どういうことか。

それは、エンジンそのものが別物に変わるということである。エンジンユニットというのは、数ある車両部品の中でも、もっとも重く、もっとも大きく、そしてもっとも長い時間をかけて作られる部品である。生産工場の現場では、シャーシの組立に必要な部品が分秒刻みでラインサイドに供給されていくが、その上流のエンジン工場では、まったく違う時間が流れている。エンジンユニットの生産は、三か月単位の計画で動いている。三か月先に必要なエンジンを、今日のラインで鋳込み、機械加工し、組み立てているのである。

しかも、中近東向けの特定排気量となると、もともと生産量が限られている。

中近東で需要のある排気量は、北米や欧州ほどには量が出ない。だから、その排気量のエンジンは、エンジン工場の中でも少数派の生産ロットでしか作られていない。月に何百基か、ものによっては何十基かしか流れていない。注文書の一文字の違いで、その少数派のエンジンを急に追加して欲しいと言われても、現場には、そもそもそのエンジンが転がっていない。

これが、現実だった。

◇ ◇ ◇

池田さんからの電話を切ったあと、自分は何をするか。

まず、ユニット計画の係に頭を下げに行く。三か月先に向けて組まれている計画の中から、そのエンジンの行き先を一つ、付け替えてもらうのである。たとえば、別の仕向国に出ていく予定の車両があり、その車両に積まれる予定のエンジンが、たまたま今回必要な排気量と同じである——そういう運の良い偶然が見つかれば、その車両のエンジンを今回の中近東向けに回し、本来その車両に積まれるはずだったエンジンは、納期に余裕のある別の仕向国の生産順を後ろにずらして調整する。

玉突きである。

一台のエンジンの行き先を変えるために、何台、何十台、ときには百台規模の生産順序を組み直す。組み直した結果は、現場のラインの一日の流れに直接影響する。今日の午後、何時何分に、どの仕様の車がラインに乗るのかが、玉突きの末端で書き換わるのである。

これを、現場の班長や工務の係長に頼みに行く。

怒鳴られる。もちろん怒鳴られる。一度も怒鳴られなかったことはない。「またかよ」「何度目だよ」「お前のとこの本社、何やってんだよ」——現場の声は、こちらに向かって飛んでくる。本社の池田さんに飛ばすわけにはいかないので、その声は、すべて自分の頭の上で受けることになる。

受けるしかなかった。

かといって、間違って作られた車を、そのまま中近東のお客様に送り出すわけにもいかない。届けられた現地の運転手が困る。輸入した商社が困る。その先で待っていた現場の人が困る。一番遠いところで困る人を救うために、一番近い現場で、自分が頭を下げる——それが、生産計画係の机の上の現実だった。

◇ ◇ ◇

こういうことが続くと、生産計画は当然、揺れる。

月初めにきれいに組み上げた計画が、月の半ばで何度も書き換わる。書き換わるたびに、関係する部署に新しい計画を流し直し、現場の人員配置にも修正を加える。本社の机の上で誰かが一文字書き間違えただけで、工場の何百人という人間の一日が動く。これが、輸出車の生産計画というものだった。

立つ場所で、見えるものがまったく違う。

本社の池田さんから見れば、それは「かわいこちゃんが間違えたちょっとした仕様違い」である。電話の向こうで、軽く語尾を伸ばしながら頼んでくる程度の話である。しかし、工場のこちらから見れば、それは三か月単位の生産計画の組み直しであり、現場の班長への頭下げであり、一日のラインの流れの書き換えである。

同じ一つの出来事が、距離によって、これほど重さを変える。

仕事の現場というのは、いつもそういう構造でできていた。誰かにとっての軽い一言が、別の誰かにとっての重い一日になる。そしてその逆も、当然ある。自分が現場の班長に軽く頼んだ一言が、班長にとってどれほど重かったかは、頼んだほうにはなかなか見えない。立場は、いつも、見える景色を変えてしまう。

◇ ◇ ◇

東出さんからの電話は、これとはまったく別物だった。

北米向けの注文書は、整然としていた。仕様の欄に乱れはない。電話の用件も、たいていは生産台数の調整である。来月、北米の販売計画がこう変わったので、生産台数を上方修正してほしい、あるいは下方修正してほしい——そういう、大きな絵の話だった。東出さんの落ち着いた声で、台数の数字を一つひとつ確認していく。電話を切るころには、こちらの机の上にもう次の月の絵が立ち上がっている。

同じ部署の同じ課の、同じ電話線の向こうにいる二人。

しかし、そこから流れてくる仕事の質は、まったく違っていた。北米と中近東という担当地域の違いだけではない。本人たちの性格の違いが、そのまま電話の向こうの空気を変えていた。仕事というのは、結局のところ、人と人とのあいだで動いていく。担当が変われば、同じ会社の同じ部署であっても、別の世界が立ち上がる。

このことを、自分は若いうちに身体で知った。

のちに、自分が依頼する側に立ったとき、依頼を受ける側の人にとって自分の電話がどう聞こえるかを、いつも一度想像する癖がついた。あの東出さんの落ち着いた声を真似ようとしたか、池田さんの軽さを避けようとしたか——そのどちらだったかは、もう自分でもわからない。ただ、二人の声を耳の奥に残したまま、その後の長い時間を、電話というものに向き合ってきた。

◆ ◆ ◆

あれから半世紀が過ぎた。

池田さんは、結局、あの「中近東部のかわいこちゃん」と結婚した。電話の向こうで余計な話をささやいてきたあの口調の奥に、本当にそういう恋があったのだと、人づてに聞いて、納得したのを覚えている。仕事の電話に余計な話を挟んでくる人というのは、たいてい、そういうふうにできているのである。

そしてのちに、イランイラク戦争のとき、自分は別の机の上で、数万台規模の車両の生産調整を引き受けることになる。

あのとき、村山の机で池田さんからの電話に泣かされた経験が、結果として自分を鍛えていた。三か月単位で動くエンジンユニットの上流、月単位で揺れる生産計画、現場への頭下げ、玉突きの組み直し——若い日の小さな修羅場が、十数年後の大きな修羅場の備えになっていたのである。

そのことを、当時の自分は知らなかった。

電話を切るたびに、ため息をつき、また現場へ歩いていただけだった。それでも、毎日のため息が、自分の骨を作っていた。

仕事というものは、たぶん、いつもそうやってできていく。

(つづく) R080428
― 姓 名 科 学 の 殿 堂 ―

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