◆ ローマ帝国の成立とヨーロッパの誕生 ◆
ヒッタイトが支配していたアナトリアは、エーゲ海ないし地中海を経由してメソポタミアやエジプトと連絡する交易の要衝でした。ヒッタイトが覇権を握っていた時代も諸国の干渉には激しいものがありましたが、ヒッタイトの滅亡以降、遊牧イラン人が建設したアケメネス朝ペルシアが紀元前6世紀にオリエントを統一するまで混乱は
続きました。
し、紀元前330年、アケメネス朝ペルシアは紀元前5世紀にギリシア侵攻を目指すペルシア戦争に失敗マケドニアのアレクサンドロス大王の遠征軍によって滅ぼされます。
マケドニアはペルシアを滅ぼしたことでギリシアからオリエントにまたがる大帝国となりましたが、アレクサンドロス大王の死後、ディアドコイと呼ばれる後継者たちによって領土は分断され、内紛状態となりました。
当時、実力を増してきていたのがギリシアの都市国家から始まったローマでした。
マケドニアはローマの進出に対抗しておよそ50年間の間に3度の戦争を試みますが紀元前168年のピュドナの戦いを最後に滅亡し、ローマの属州となりました。
ローマは紀元前1世紀末までには地中海全域の支配を完成させ、紀元前27年に初代アウグストゥスを掲げて共和政から帝政へと移行します。
このローマ帝国の成立をきっかけとして、現在のヨーロッパ諸国が歴史の表舞台に登場し始めることになるのです。
『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦著 MdN出版(R05年)より R080425
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