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◆ 日本的経営を象徴する技術者たちの挑戦 ◆『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦著 MdN出版(R05年)より

◆ 日本的経営を象徴する技術者たちの挑戦 ◆

松下幸之助、本田宗一郎、盛田昭夫、井深大は『ジャパン・アズ・ナンバーワン アメリカヘの教訓』の中で、日本的経営者の代表としてその手腕が分析され、世界が学ぶべき実業家の筆頭として紹介されています。
松下幸之助も本田宗一郎も盛田昭夫も井深大も、皆、技術者でした。松下幸之助の創業当初のヒット商品は二股ソケットで、大正時代を代表する大ヒット商品でした。
松下幸之助は後に『商売心得帖』や『経営心得帖』といった指南書を書き、その中で「お客様は王様」という自身の経営方針を解説しています。王様の言うことをごもっともと聞いているばかりではいけない、たまには苦言を言って気付いてもらうことが必要だ、という方針です。
松下幸之助は終戦の混乱期、内部留保を取り崩して人員整理を極力回避する、社員寄りの経営体制を採ったといいます。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領政策の―つである、日本経済の弱体化を狙った財閥解体の対象とされたものの事態は避けられ、松下幸之助が社長に復帰できたのは、その恩に報いようという社員たちの
嘆願があったからでした。
本田宗一郎の戦後の活躍は、1948年、浜松に本田技研株式会社を設立し、オートバイの研究を開始したことに始まります。
本田宗一郎はとにかく性能のいいエンジンを開発することに注力しました。海外との自動車開発競争は勝負にならないだろうとする日本政府が輸入車に関税をかけることで対抗する中、本田宗一郎は性能で勝負し続け、ついに世界の自動車マーケットを唸らせるに至り、ホンダは国際企業へと発展するのです。
古い時代にとらわれないやり方と新しい技術を生み出す力が、経済復興の大きな要因となりました。言い方を変えれば、新しい技術は、使い古された発想が退場することから生じるのです。

『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦著 MdN出版(R05年)より R080411

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