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【連載】第九話:言霊の階(きざはし)

【連載】第九話:言霊の階(きざはし)

 令和八年、二月の朝はまだ刺すように冷たい。
 書斎の窓から差し込む光は、冬の終わりを告げるような透明度を帯びていた。私は淹れたての茶を啜りながら、机の上に広げた古い資料の束を見つめていた。

 それは、かつての恩師が遺した言葉の断片であり、私たちが今まさにデジタルという新たな「器」に写そうとしている『我等の防衛講座』の精神的支柱でもある。画面の向こう側で、膨大なデータが歴史の重みを整理していく。かつて紙に刻まれた情熱が、光の粒子となって次世代へ繋がろうとするその光景は、どこか祈りにも似た静謐さを湛えていた。

 ふと、視線が棚の一角に止まる。
 そこには、二十五歳という若さで旅立った先妻の、数少ない遺品が置かれている。彼女が愛した日常の何気ない風景、そして「誠実に生きること」の尊さを説いた静かな眼差し。長い年月を経て再婚し、新たな家族と歩む今でも、その精神的な芯(しん)は私の内側で枯れることなく伏流水のように流れている。

 最近の世情を見渡せば、言葉は消費されるだけの記号になり果てた感がある。SNSを流れる扇情的な見出し、誰かを傷つけるためだけに研がれた刃のような言葉。メディアが喧伝する「真実」の裏側に、どれほどの至誠が宿っているのだろうか。

「……言葉は、階(きざはし)でなければならないな」

 独り言が、静かな部屋に溶けていく。
 誰かを突き落とすための道具ではなく、高みへと誘い、あるいは過去と未来を繋ぐための階段。私がこれから始めようとしている「寺子屋」もまた、子供たちが自らの足で登っていくための、確かな一段でありたいと願う。

 かつての事故で負った傷は、雨が降れば今も微かに疼く。だが、その痛みさえも、生きている証であり、歩みを止めないための警鐘のように思えるのだ。

 八ヶ岳の山荘で聞いた、あの凛とした風の音を思い出す。
 春は、もうすぐそこまで来ている。

【連載】第九話:言霊の階(きざはし) R080225 08:00

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