減らせていないCO2
さて現在、次の二点を柱とする話が世に広まっています。
① 人間活動のせいで大気に増えるCO2が地球を暖め、いろいろな害をなす。
② だからCO2の排出を減らそう。
実のところはまだ疑問だらけです。①を叫ぶ人たちは、図1で快調に増えるCO2の全部を人間のせいとみているようですが、人間活動に関係なく増えてきた部分もだいぶありそうで、結論を出せる段階ではありません。また「害」のうち、NHKなどメディアが報じる「気候異変」の類に、証拠はほとんどありません(本書前編の話題)。ご存じのとおり②は、CO2の排出削減といいます。実のところ、何か行動して排出を減らせるはずはなく、さらには排出をゼロにしようという「脱炭素」も「カーボンニュートラル」も、それを口実に利益を得たい人々の妄想にすぎません(本書後編の話題)。
つい最近、排出削減・脱炭素行動の無意味さを、まざまざと教える出来事がありました。何かといえば、二〇二〇年に世界のありさまを一変させたコロナ禍(武漢肺炎:ブログ作者注)です。排出削減に関係することは本書後編のテーマですけれど、大事なポイントのひとつだし、唯一の事実(図1)になじんでいただくためにも、ここでもかるく触れておきましょう。
まず図1のCO2濃度を、いままで人間活動が出してきたCO2の量(CO2排出量)と突き合わせます。
CO2排出量は、石油資本系シンクタンクなど、いろいろな組織が発表してきました。集計方法が統一されていないせいか、数字は情報源ごとに少しずつちがいます。ここでは、世評の高い国際エネルギー機関IEAの発表データを使いましょう。(*)
比較するCO2濃度は、図1の値そのままではありません。人間活動が無視できた時代の大気も、CO2を含んでいたからですね。その濃度は、約二八〇ppmと推定されています。そこで図1の実測値から二八〇を引き、「追加分」濃度にします。二〇二一年なら、実測値の四一五ppmを「一三五ppm」に減らす。そうやって、二〇一二~二一年の一〇年間につき、排出量と「追加分」を上下に並べたところ、こんな結果になりました。
二段目と三段目の数字を見比べてください。CO2の排出量は、一〇年間で、三一七憶トンから、三三〇億トンヘ、四%ほど増えました。ただし途中経過は、だいぶガタガタしています。(グラフはブログ作者作成)
(1)二〇一三 ~ 一六年の四年間は、ほぼ横ばいだった 。
(2)二〇一九 ~ 二〇年に、三三四 ⇒ 三一五億トンと、約六%も減少した。
(3)二〇二〇 ~ 二一年に、三一五 ⇒ 三三〇億トンと、五%ほどリバウンドした。
CO2の排出量は、エネルギーの消費量にだいたい比例します。すると、(2)と(3)が起きた理由の見当がつく人も多いでしょう。そう、コロナ(武漢肺炎*ブログ作者注)禍による経済・産業活動の縮小と回復でした。CO2の排出量が景気の波に従うからです。
かたや「追加分」CO2濃度の変化は、排出量とは似ても似つかない姿です。年二~三ppmのペースでまっすぐに増え続け、一年間の増加率は二%に迫ります。コロナ(武漢肺炎*ブログ作者注)禍で排出が減った二〇一九⇒二〇年も、「追加分」濃度の歩みがブレたようには見えません。
濃度の変化が小さい理由は単純です。大気はCO2を約三兆トンも含み、年間の排出量(約三三〇億トン)はその約一%だから、排出分がそのまま大気にたまるとしても、総量
は一%しか増えません。排出量が五~七%の増減をしても、総量(つまりは濃度)の変化は「一%のさらに五~七%」だから、図1の曲線を大きく変えたりはしないのですね。
排出削減の話に戻ります。一〇年前までは、京都議定書(発効二五年)の時代でした。
「二〇〇八~一二年の五年間に先進国だけが、排出量を一九九〇年比で五%減らそう」
と約束した時代。でも世界のCO2排出量が減った形跡はありません(EUは何をしなくも目標を達成でき、アメリカなどは逃げてしまい、ほぼ日本だけが「がんばった」のですが、それも諸国に大金を渡すなどして数字合わせをしただけ。『神話』9章、ウソ10)。
かたやコロナ(武漢肺炎*ブログ作者注)禍では、全世界の排出量がたったの一年で六%も減っています。むろん原因は経済活動の縮小(不景気)でした。つまりCO2排出を減らしたければ、最善の手は経済の縮小。それが嫌なら、何もしない(CO2のことなど忘れる)のがベストなのです。
図1をまた見てください。過去三〇年近く、毎年の暮れ近くに大げさな国際集会を開き、京都議定書だのコペンハーゲン合意(二〇〇九年)だの、パリ協定(発効二〇一六年)だのと立派な約束をしてきながら、それがCO2濃度の歩みを変えた気配はないのです。
『「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)
