「専門家」という概念はヨーロッパからでたものですが、日本にも別の形でそのような道徳がありました。それはあるいは「武士道」であったり、「職人気質(かたぎ)」でした。もちろん江戸時代でも学者といわれる人は自分の学問に常に忠実でありました。幕末に日本に来たスイスの遣日使節団長アンベールが残した記録を渡辺京二さんがまとめています。
「若干の大商人だけが、莫大な富を持っているくせに更に金儲けに夢中になっているのを除けば、概して人々は生活のできる範囲で働き、生活を楽しむためにのみ生きているのを見た。労働それ自体が最も純粋で激しい情熱をかきたてている楽しみとなっていた。そこで、職人は自分の作るものに情熱を傾けた。彼らには、その仕事にどれくらいの日数を要したかは問題ではない。彼らがその作品に商品価値を与えたときではなく、かなり満足できる程度に完成したときに、やっとその仕事から解放されるのである。」
日本がお金に執着した文化を持たず、人生の目的を人生そのものに感じていたことを示す記録は多いのです。それに比べてヨーロッパは合理的ではありますが、人生を達観したりという考え方が少ないのは民族や風土の差でしょう。
しかし、そのヨーロッパでも一九世紀までは学問は学問であり、商売とは無縁のものでした。
「学者は少し変人かも知れないけれども、立場やお金で自分の信念を曲げない人」と社会から信じられていました。
左の写真は一九世紀のココアの鑑定をする学者の写真です。そしてこの写真はココア会社が自社のココアの品質を宣伝するために使用したものです。「わが社のココアの品質は優れている 。それは学者が鑑定しているのだから」というのがこの宣伝の趣旨です。
現代ではこのような宣伝はほとんどできません。それは「学者も立場によって自分の信念を曲げることがある。それを社会は経験している」からです。
残念なことですが、学問の商業化、研究の商業化が急速に進んでおり、今や大学の研究すらある程度資本主義経済の中に組み込まれつつあります。そして売名のため、自分の組織のため、個人的な感情の結果などで自らの学問的立場を裏切る人も多いのが現実なのです。それに加えて現代社会が複雑で、しかも多くのことを自分自身でしていないことが専門家まがいの人を許し、その発言が一人歩きする結果につながっていると考えられます。
『リサイクル汚染列島』(青春出版社)武田邦彦著より
