それは、インド洋が日本がその気になれば日本の海になるということです。ペルシャ湾・紅海の通商を制覇すれば、エジプトの英軍は崩壊するしかないのです。当時のエジプトではドイツとイギリスの死闘が展開されていました。地中海はイギリスの海ではなかったので、イギリス軍はアフリカ大陸回りでペルシャ湾・紅海より補給していました。アメリカの対ソ連援助物資もペルシャ湾・紅海経由が大部分でした。そしてイギリスの石油もです。
日本に戦争の設計能力があれば、今こそ世界大戦の帰趨は日本の手中にあることを理解した筈です。当時の空母基幹の航空機動部隊は日本海軍だけのものでした。アメリカもイギリスも本当に真っ青になったのです。日本艦隊にペルシャ湾・紅海を制せられたら、ドイツ軍が勝つ、と考えた必死の米英軍はドーリットルの東京奇襲とイギリス東洋艦隊の再編を企画しました。東京への奇襲を米国の意地だという人がいますが、アメリカの真の目的は、日本海軍の目を太平洋に向けさせることでした。しかし日本海軍が「インド洋」作戦を開始したのです。米英は真っ青になりました。セイロン島が空襲され空母ハーミスなどが撃沈されました。これは開戦に際して昭和天皇が「終戦の在り方は考えないのか」と言われたことから策定された「対米英蘭戦争終末促進に関する腹案」(以下「腹案」)として、天皇の裁可を経て策定されていたものです(一九四一・昭和十六年十一月十五日)。まさにこの「腹案」の実施かと考えた者もいたようですが(例えば陛下)、山本五十六連合艦隊司令長官にそんな気はなかったのです。陸軍も既定の「西亜作戦」の発動かと考えましたが、セイロン島を爆撃してイギリス艦隊の姿が見えなくなると(彼らは腿れた)、山本五十六連合艦隊司令長官はミッドウェー作戦を言い出すのです。「腹案」の西亜作戦というのはペルシャ湾・紅海制圧とあわせて、インド独立軍に協力する日本陸軍二個師団余の作戦を意味していました。当時、シンガポール陥落によりイギリスとの講和がなるのではないかとの噂が国内の一部に出たようですが、これはペルシャ湾・紅海制圧作戦との混同のふしがあります。シンガポールの陥落程度では大英帝国の背骨は折れはしません。山本はドーリットル空襲の再現は許されないというのです。山本は、インド洋作戦の決定的な意味が理解できていませんでした。ついでに言うわけではありませんが、ガダルカナル島の戦闘の開始・拡大はインド洋・ペルシャ湾・紅海の制覇を逃れる戦略的腸動作戦ではなかったかと私は考えます。ガダルカナル島戦の戦略的意味とは何でしょう。ガダルカナル島戦を巡っていくつかの海戦が起きるけれど、結果としてペルシャ湾・紅海を制しようとする日本海軍の行動は消えました。これが戦略陽動の意味です。
そして、山本五十六連合艦隊司令長官はミッドウェー作戦を下令し、惨敗しました。日本にはなぜか海軍贔屓の作家・論者が多くいます。理由は想像できます。陸軍は人気がありません。私は別にどちらの贔贋でもありませんが、太平洋の戦いでは陸軍は意外(というのは太平洋なのに)と健闘・敢闘していることを認めます。緒戦を除き海軍は惨敗しました。ミッドウェーの敗戦の総括すらしていません。
『続日本人が知ってはならない歴史』若狭和朋著(2007年)
